351: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:13:54.45 ID:tJ3PNrs9o
親しまれつつあるとは言っても、提督を怒らせたらどうなるか・・・。
今まで話す機会が少なかった陽炎たちにとっては怖くて仕方ないだろう。


まずは彼女たちから安心させなくては。


「陽炎」
「は、はいっ」


気を付けと敬礼が俺に対して掲げられるのは、公式の場か慣れてないかのどちらかだ。

352: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:14:33.81 ID:tJ3PNrs9o
叢雲を見習え、上官にゲンコツだぞ、ゲンコツ。
天龍なんてノックも無しに入室して来るしな。


とはいえ、今は駆逐とじゃれあっている時間はない。


「いい戦闘指揮だった。凄いじゃないか!」

「・・・へっ?あ、あの・・・ありがとうございます?」


褒められるとは思わなかったのか、少し混乱している。

353: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:15:01.26 ID:tJ3PNrs9o
「駆逐艦のナンバーワンは叢雲だと思ってたが・・・実戦じゃ陽炎かな」

「あいつが威張り散らせなくなるように、もっと実力つけてくれ。な?」

「は、はあ・・・どうも」


褒められた本人よりも隣の不知火のほうが誇らしげなんだが、それはどういうこっちゃ。

354: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:16:49.90 ID:tJ3PNrs9o
そして俺は視線を陽炎よりも頭二つ低い、目つきの悪い少女に移して。


「曙・・・君は」

「フン、何よ」


この娘はちょっと扱いづらい。

不幸な誤解もあることだしな。

355: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:17:26.86 ID:tJ3PNrs9o
「陽炎に比べるとまだまだだが・・・やっぱり優秀だ。頑張ってくれ」

「フンッ・・・クソ提督なんかに言われなくったって頑張ってるわよ」



「あ、曙ちゃん・・・そんな呼び方は駄目ですぅ・・・」

潮がオロオロと曙を嗜める。

356: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:17:57.78 ID:tJ3PNrs9o
「こいつなんかクソ提督で十分よ、私たち、着替え覗かれたの忘れたの!?」


え、という空気が全体に流れる。

・・・イカン、変態ロリコン提督のレッテルだけは、今後に支障が出る。

357: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:18:26.19 ID:tJ3PNrs9o
「あれは不幸な事故じゃないか・・・着任したてで部屋を間違えたのは知ってるだろ?」

「ふん、どうだか・・・今だって潮のこと、やらしい目で見てるんじゃないの?」

「ひゃぅぅ・・・あ、曙ちゃん!」



・・・・・・このまま言われっぱなしでは面子が立たないな。

一つ、上官の威厳とやらを見せてやるとしよう。

358: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:19:49.46 ID:tJ3PNrs9o
「曙のことなら、やらしい目で見ているぞ?」


へ、という間の抜けた声。

まさか、自分が女の子と見られているとは思わなかったらしい。

まったく・・・不足の事態に弱いと注意したばかりなのにこれだ。

そんなのだから、俺みたいなのにつけ込まれる。

359: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:20:17.64 ID:tJ3PNrs9o
「とくに今日」

「きょ、きょきょ、今日!?」


顔が既に赤い。叢雲より分かりやすい奴だ。


「スカートの中・・・気をつけような、魚雷打つとき丸見えだったぞ?」

「なっ・・・あ・・・ああ・・・」

360: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:21:00.78 ID:tJ3PNrs9o
動揺のあまり気付いてないらしい。

バッ、っと今更のようにスカートの裾に手を当ててしゃがみ込む仕草が可愛い。

ネタばらししようとしたところで、潮がおそるおそるしゃべりだす。



「あの・・・曙ちゃん、大丈夫だよ・・・」

「何が大丈夫よ、見られたもん、クソ提督に見られたもん!」

361: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:21:30.52 ID:tJ3PNrs9o
「た、多分・・・み、見られてないから・・・」

「何でよ、丸見えだって・・・魚雷打った時・・・あっ」


気づいた様だ。


「曙、不知火が思うに・・・私たちは今日、魚雷を打っていません」


事実の指摘が何よりも鋭いトドメとなるのを、俺は今日初めて知った。

おお、曙の顔が更に真っ赤になっていく。

362: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:21:59.41 ID:tJ3PNrs9o
「ク、クソ提督・・・」

「良かったな、曙。パンツなんて見られてなかったぞ?」

「クソ提督クソ提督クソ提督っ・・・大っ嫌い!」


艦隊に軽い笑いが起きる。
張り詰めていた緊張が緩和したところで・・・。


「さて、本題だ」

363: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:22:28.68 ID:tJ3PNrs9o
駆逐艦娘たちは再び口を噤む。

けれど、さっきみたいに死にそうな表情は見られないから良しとする。


視線を川内と・・・神通に向ける。

川内は・・・全て俺に任せる、と言った通り。

寂しそうな微笑みと俺に対する信頼の表情。

364: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:22:55.07 ID:tJ3PNrs9o
神通は・・・俺と視線を合わせようとしない。


どんなことがあろうと、何をしようとも。
君の心を水底からすくい上げてみせる。


だから。
だから、しばらく心を鬼にする。

365: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:23:38.64 ID:tJ3PNrs9o
「さて、神通・・・これは少々無茶な演習じゃないか?」

「提督には関係のないことです」



「ふむ」


肩を竦める。余裕たっぷりに、少々嫌味っぽく間を取って。

366: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:24:06.25 ID:tJ3PNrs9o
「艦娘のコンディションを整えるのが俺の仕事だからね、関係無くはない」

「そして、その観点からこの演習は好ましくない。分かるね?」


強情にも神通は首を振る。

367: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:24:34.98 ID:tJ3PNrs9o
「私のコンディションなど、あの程度の演習では影響ありません」


「君の、じゃない。後ろの仲間たちの、だ」



ハッ、と顔を神通。

相手の一番痛いところを突く・・・大切なものを人質に取るようにして。

なんという卑怯。でも。

368: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:25:05.00 ID:tJ3PNrs9o
「やっと顔を上げてくれたな」


真っ直ぐに神通を見据える。

相手の心を射抜く最高の瞬間を計算して、言葉の矢を放つ。



「俺が提督をしている間は、お前たちを沈めたりしたくない」

「君が、それでも沈みたいと思っているのなら勝手にしろ・・・しかし」

369: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:25:34.16 ID:tJ3PNrs9o
ああ、俺は最低だ。

この言葉が彼女を・・・神通をどんなにか傷つけるのかを知っているのに。

それでも今、言わずにはいられない。




「仲間までも道連れにして、沈める気か?」

370: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:26:20.82 ID:tJ3PNrs9o
神通の顔が蒼白になる。

全ての感情の色が消え失せ、残った色。



俺の優しさを求めて縋るような瞳が光を失い。

胸の前で組まれていた手がだらりと下がる。



川内がぎゅ、っと拳を握って耐えている。

手を出さない、という誓いを守っているんだな、ありがとう。

371: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:26:48.57 ID:tJ3PNrs9o
神通、お前にそんな顔をさせたのは誰だ。

言え、教えろ・・・俺がぶっ殺してやるから。



「それでも私は・・・この生き方を変えられません」



馬鹿なやつだ、本当に。

君は、この冷たい世界で生きるにはあまりに真っ直ぐで、優しすぎるんだ。

372: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:29:19.97 ID:tJ3PNrs9o
「そうか、では俺もそれなりの処置をしなければならない」


唇を噛んで、それでも俺は告げるのをやめはしない。


「神通・・・君を水雷戦隊の旗艦から解任する」


艦娘たちには初めて見せる、提督としての冷徹な顔。

艦隊全員に衝撃が走るのが分かる。

373: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:31:00.39 ID:tJ3PNrs9o
「今の君では、大切な仲間を一緒に沈めかねない」


いやいやと力なく首を振る神通に対して、俺は一切の妥協を許さない。


「代わりに川内、お前が指揮を取れ」

「なん・・・いや、私より神通の方が上手いし・・・」


それは、この娘を愛してる姉に対してもだ。

374: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:31:31.12 ID:tJ3PNrs9o
「お前、艦隊全体のダメージコントロール得意だろ」

「夜戦時に6隻全て戦闘可能な状態に保つのは、実はお前が一番上手い」



「・・・バカ、何で気づいてるのよ」



きっちりお前も巻き込むからな、もう逃げるんじゃない。


それと・・・この娘は完全にとばっちりだが・・・仕方ない。

375: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:31:58.72 ID:tJ3PNrs9o
「川内が負傷して指揮を取れなくなった場合・・・旗艦は陽炎、お前だ」

「えっ・・・・・・私!?」



神通の肩がピクリと動く。

万が一にも神通に指揮権を渡さないという俺の意思ははっきりと伝わったようだ。

376: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:34:44.38 ID:tJ3PNrs9o
「あくまでも一時的に、な。鎮守府への撤退を最優先して無事、帰投すること」

「そして一切の進軍は禁止、今日の艦隊のまとめ方を見ての判断だ・・・出来るな?」


「でも、私・・・」
「陽炎、やれ」


ここでもたついている場合じゃない。

神通が放心状態の今のうちに、やるべきことをやっておく。

その為に、有無を言わせぬ口調で陽炎を見つめる。

377: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:35:20.41 ID:tJ3PNrs9o
「は、はいっ」



「以上、今日はみな出撃任務は無かったな。無理してでも休め、遊ぶのも良い」

「気持ちを切り替えて、明日からの任務に引きずらないこと。では解散」



執務室・・・はまだ叢雲がいるな。結局俺が押し付けた仕事をやっているだろう。



「神通だけは話がある。俺の部屋まで来い」

378: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:35:46.48 ID:tJ3PNrs9o
第二ラウンド。
ここからが本番だ。


俺の私室は執務室のすぐ上にある。
ベッドと本棚、机以外何もない簡素な部屋だ。

379: ◆VmgLZocIfs 2015/04/12(日) 14:36:12.94 ID:tJ3PNrs9o
さて、どう切り出していくかなんて。

考える間もなく、神通がポツリ、ポツリと語りだしていった。


すべてのはじまり。
あるいは、すべてのおわり。


あの日のことを。

387: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:54:51.89 ID:AByrLwzSo
【神通side】


私の妹の那珂ちゃんは・・・とにかく明るい子でした。

テレビを見るのが好きで、特にアイドルが好きでした。



私は艦隊のアイドルになるんだー、って歌まで歌ったりして。

いつも私やみんなを笑顔にしてくれる、私の大切な妹・・・でした。

388: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:55:32.80 ID:AByrLwzSo
当時の提督は・・・紛らわしいので、ここでは司令官としましょうか。

更迭されて、どこか僻地の・・・艦娘もいない小さな泊地に赴任されているそうですから。



司令官は例によって艦娘の負担など考えない、傲慢でひどい方でした。

私たちは・・・特に6駆の娘達を守る天龍さんはそれに反発したものです。

389: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:56:05.65 ID:AByrLwzSo
私もそうです。

艦娘は命令に従うだけの兵器じゃないなんて言ってて・・・笑っちゃいますよね。


ただ、結局は・・・完全に上官に逆らうことは出来ません。

どこかで折り合いをつけて、最悪の結果だけは避けると言った方針でした。

390: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:56:53.48 ID:AByrLwzSo
さて、当時の鎮守府は・・・今よりも過密な出撃スケジュールが組まれていました。

他の鎮守府が功績を上げる前にと、出世競争に遅れまいと司令官が焦っていたからです。


とにかく出撃出撃、艦隊の疲弊はかさんで行き、もちろん戦果は・・・。

そうしてますます焦った司令官の無茶な指揮という負のサイクルが出来上がって。



みんな、限界まで来ていました。



そして、運命のあの日がやって来たのです・・・。
霧の、濃い日でした。

391: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:57:52.01 ID:AByrLwzSo

「戦闘終了です・・・帰投致しましょう」


旗艦である私は、周囲の敵を殲滅したところでその判断を下しました。

艦隊を見渡して、これ以上の進軍はやめようと判断したからです。

392: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:58:20.81 ID:AByrLwzSo
「えぇー、那珂ちゃんはー、まだやれるよ~?」

「嘘つきなさい・・・さっき攻撃されてたの見たわよ」

「きゃは、叢雲ちゃんの目つきこわーい!」

「アンタ・・・」



那珂ちゃんの軽口に叢雲が腹を立てるのはいつもの事です。

自分のペースを乱されるのに弱いのかもしれませんね。

393: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:59:03.42 ID:AByrLwzSo
「しかし・・・今日は視界も悪いです、これ以上は危険かと不知火は思います」

「うーん、神通さんのしごきよりはマシですけどね」



真面目な不知火と茶化す陽炎。

二人は最近、私の旗下に入り鍛えているところです。

まだそんなに厳しい指導はしていないのですが・・・。

394: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 18:59:38.10 ID:AByrLwzSo
演習メニューをもう少し優しくすべきでしょうか。

・・・・・・でも考えてみたらこれ以上優しくする余地がありませんね。

これから厳しくしていく要素ならたくさんあるのですが。



そんなことを考えつつ、那珂ちゃんに向き直ります。

中破状態・・・まだ戦えますが、ここは念の為に。

395: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:00:06.24 ID:AByrLwzSo
「那珂ちゃん、無理は駄目よ。大事を取って一度帰投しましょう・・・ね?」

「うーん、でもぉ。ここで帰ったらまた嫌味言われちゃうよ?」



海域のボスを倒す・・・どころか姿さえも掴めない現状。

帰投すると司令官に嫌味を言われるのは毎回のことでした。

特に旗艦はネチネチとしたお小言に付き合いことになりますが・・・構いません。

396: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:01:08.23 ID:AByrLwzSo
「そうだよー、夜は夜で出撃があるんだしさ!」


そして・・・川内姉さんだけは疲れを見せません。
今日の夜戦を想像してか、目を爛々と輝かせています。


「川内ちゃんはそればっかー。夜戦してたら夜の番組が見れないのに」


同じ姉妹でも、好みは全然違います。

その事におかしさを感じて、私はクスリと笑ってしまって。

397: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:01:34.52 ID:AByrLwzSo
過密な出撃スケジュールや上官の無理解は辛いけれど。


みんなが笑顔でいるこんな日常がいつまでも続けばいいな、と。
そう思うのでした。


その時です、あの悪夢の指示が下されたのは。

398: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:02:59.54 ID:AByrLwzSo
ガガ、ガガガガガ。


通信係は不知火の仕事。
彼女の報告を待ちます。


「神通さん、鎮守府より入電です」
「内容は?」


通信用の電探に入った命令を不知火が読み上げます。

399: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:03:38.83 ID:AByrLwzSo
「船団を護衛し、物資と乗客を送り届けよとのことです」

「もう・・・何でこのタイミング!?」



川内姉さんが声を荒らげるのも当然です。

そんな予定はありませんでしたし、それに。

400: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:04:33.78 ID:AByrLwzSo
「船団護衛なんて重要任務が、何故こんな突然決まるのかしら」


怒りを含んだ叢雲の声が、艦隊の総意を代弁します。

この様子だと、秘書艦を務める彼女にさえ知らされていなかったのでしょう。



「叢雲・・・この任務は?」

「聞いていないわ」


苛立たしげな返答。

401: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:05:05.65 ID:AByrLwzSo
やはり・・・では、それはなおさらおかしいです。

物資と人命。この二つがかかっている任務は普通、数日前から通達されます。

万が一にも深海棲艦たちに沈められるわけにはいかないからです。



隣接する鎮守府と連携を取り、各艦隊が責任を持って海域を通る船団を護衛する・・・。

海域攻略のついでにするようなものではありません。

402: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:05:45.80 ID:AByrLwzSo
ましてや今日という悪天候、那珂ちゃんは中破状態・・・。


「不知火、鎮守府に意見具申。負傷者を抱えており一度帰投したし、と」
「はい」



通常、船団護衛任務は鎮守府側に決定権があります。

護衛する艦隊がボロボロでは話になりませんし、今日の様な視界の悪い日は守りにくい。

出航を別の日にするよう船団側に指示を出すのは珍しいことではないのです。

403: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:06:30.19 ID:AByrLwzSo
「うぅ・・・ごめんねー、那珂ちゃん迷惑かけちゃった」

「いいのよ、あの無能がワガママ言ってるだけなの」


叢雲の毒舌を、今や誰も咎めません。

それ程までに先ほどの指示は、私たちを馬鹿にしているとしか思えないものでした。

404: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:07:01.26 ID:AByrLwzSo
ガガ、ガガガガ。


「・・・・・・・・・神通さん」


新たな入電を目に、不知火が私の名前を呼びます。

まるで信じられないものを見たかのように、驚きの表情で。

405: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:07:29.59 ID:AByrLwzSo
「・・・・・・・・・読みなさい」


一抹の不安を抱えて不知火に命じます。


「不知火?」


テキパキとした不知火が口ごもるなんて・・・。


「はい・・・船団は既に出航済。速やかに合流しこれを護衛せよ、と」

406: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:08:02.87 ID:AByrLwzSo
愕然とするとは、まさにこういうことでしょう。

既に出航している・・・?


本来であれば、船団が港を出るその瞬間から艦娘がついて然るべきなのに。

この制度が整うまで、一体どれだけの人的・物的被害が出たか。



予想されるのは、霧という悪天候の中での戦闘。

敵を倒して終わり、ではなく護衛というハードルを超えなければ・・・。

しかも、既に中破している那珂ちゃんを抱えて。

407: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:10:26.92 ID:AByrLwzSo
行かなければ多くの命が危機に曝されるでしょう。


選択が迫られます。


判断するのは、あくまでも旗艦の私。

脳裏に浮かぶのは、この間読んだ軍学書の言葉。



“将、外に在りては、君命に従わざるところあり“

408: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:11:19.66 ID:AByrLwzSo
解体されることも覚悟でそれを実行に移すか・・・。

今帰れば、私たちは無事帰投できます。



しかし、船団は・・・。

いえ、もしかしたら襲われることなく無事、目的地へ付けるかもしれません。

深海棲艦と遭遇することのほうがまれなのですから。



でも、でも、どうしたら。

答えのない堂々巡り。



そんな時。

409: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:11:52.90 ID:AByrLwzSo
「・・・・・・行こうよ」


「那珂ちゃん・・・」
「那珂・・・」


最初に口を開いたのは那珂ちゃんでした。

410: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:12:35.73 ID:AByrLwzSo
「もしここで帰って、船団の人たちが襲われちゃったら・・・悲しいよ」

「それって、アイドルのすることじゃないよねっ!」


あくまでも明るく。

一番怖いのは、負傷している自分のはずなのに。

・・・なんて優しい、誇り高い私の妹。

411: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:13:02.25 ID:AByrLwzSo
「でも、那珂・・・やっぱりここは帰ろうよ」


珍しく弱気なのは、川内姉さんです。

旗艦ではなく・・・一歩外にいる立場だからこそ下せる冷静な判断。


どんなにか、思ったことでしょう。

あの時、姉さんの意見に従っておけばと。

守るべき全てを犠牲にしてでも撤退しておけば・・・と。

412: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:13:28.93 ID:AByrLwzSo
「あ~んもう、那珂ちゃんなら大丈夫!いざとなったら自分だけ逃げちゃうから!」

「ね、だから神通ちゃん・・・早く行って終わらせちゃお?」


中破状態ならまだ・・・それに最近は強敵の姿も見えないですし。

そして私は、あの悪魔の決断をしてしまうのでした。

413: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:14:03.42 ID:AByrLwzSo
「分かりました・・・神通水雷戦隊、これより船団護衛任務に就きます」

「まずは船団との合流を速やかに・・・道中はなるべく戦闘を避けて行きます」



「応!」



一度下した決断に、みんな全力で従ってくれて。

底知れない不安を抱えたまま、私たちは霧の中を駆けました。

414: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:14:56.95 ID:AByrLwzSo
【提督side】


俺の部屋のベッドに力なく腰掛けて。


どこか感情の色を失ったまま。
神通が語りだしたあの日の出来事に俺は耳を傾けていた。


「その時の提督・・・いや、司令官は・・・どうしてそんな指示を?」

415: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:15:33.58 ID:AByrLwzSo
まず気になるのはそこだ。

俺より経験は豊富なはずなのに、俺ですらしない間違いを犯したのは?


「後から知ったのですが・・・やはり、上がらない戦果への焦りでした」

「そして、点数稼ぎ・・・要するに、胡麻すりです」



同僚に先駆けて少しでも上げたかった戦果。海域攻略という殊勲。

でも、それが思うように得られない・・・過密な出撃スケジュールを組んでも。

416: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:16:24.93 ID:AByrLwzSo
そんな中、軍から船団護衛の依頼が緊急で舞い込む。

できる限り急いで物資と・・・ついでに乗客を送り届けて欲しいと。


通常なら、船団を港に留め・・・天候や艦隊を整えて受諾する任務だけれど。

日数がかかれば、お偉いさんは渋い顔をするだろう。


それを最速で出来れば、逆に覚えがめでたくなるのではないか?

丁度出撃中の”奴ら”がいるし、やらせておこう・・・。

417: ◆VmgLZocIfs 2015/04/13(月) 19:16:59.02 ID:AByrLwzSo
そんな、反吐が出るほどの、くだらない考えで。

自分の保身しか考えていない馬鹿どもの考えは・・・いつもそれだ。


相変わらず神通はがっくりと項垂れながら。

決して俺と目を合わせることなく。


咎人の告白は、今しばらく続く。

423: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:24:17.97 ID:505MHcJfo
【神通side】


複縦陣を保ちつつ、艦隊を率いていきます。

先頭は私と叢雲。

真ん中に川内姉さんと那珂ちゃんを置いて、最後尾に陽炎、不知火のコンビ。

424: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:25:43.85 ID:505MHcJfo
幸運にも敵との遭遇はなく、このまま船団がいるであろう地点へ到達出来そうです。


天候も良いとは言えませんが・・・。
薄靄のかかった洋上は味方の識別には困らない程度。


「今のところ、問題なさそうです」

「うんうん、やっぱり那珂ちゃんの判断正解っ!」


ふっと笑いが漏れます。

でも、悪い知らせというのは得てして、こういう時に訪れるものです。

425: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:26:15.89 ID:505MHcJfo
「ちょっと、不知火・・・これ」
「どうしました、陽炎」


後方で後輩たちの声がして、私は振り返ります。


「どうしたの陽炎、報告して」

「あの、水上電探で掴んだ船団の航路なんですが」

426: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:26:42.55 ID:505MHcJfo
「予定してた進路を大きくずれています」


船団が予定通り進めない要因なんて、そんなの一つしかありません。


「深海棲艦に襲われて・・・・・・」

「それしかないわね・・・ったく」


最悪のケース。

このままでは全滅の可能性もありえます・・・。

427: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:27:08.26 ID:505MHcJfo
「進路を修正・・・可能な限り急ぎます、皆さん着いて来て」

「ええ」

「那珂ちゃんにお任せだよ!」



進撃を選択して正解だった、と。

この時点の私は思っていました。

428: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:27:35.70 ID:505MHcJfo
「見えた・・・あれよ!」


不安要素だった霧が思ったよりも薄くなったのが、逆に悔やまれます。


見渡すばかりに立ち込める煙と、炎上する船たち。

現場は地獄の様相を呈していました。

429: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:28:07.23 ID:505MHcJfo
深海棲艦の攻撃を受けている船からは悲鳴が。

そして、仲間がやられている間に何とか逃げ出そうとする船たち・・・。


その中にあって私たちは、少しでも出来ることをする。

それが、艦娘の使命です。

430: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:28:32.91 ID:505MHcJfo
「まずは敵の艦隊を確認します・・・陽炎、不知火が先行」


「はい!」
「お任せを」


那珂ちゃんを中央とした輪形陣をベースに。

陽炎が右舷、不知火が左舷を先行し索敵に移ります。

431: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:29:14.83 ID:505MHcJfo
最近のこの海域は、目立った敵が確認されていません。

それが変わっていなければ・・・・・・。


「右舷敵影なし・・・生き残りの船団もそちらへ退避して行きます!」

「左舷・・・敵軽巡2、駆逐3・・・船団を攻撃しています」


これで決まりです。

船団を守りながらの戦闘は骨ですが、敵勢力は艦娘にとって大したことがありません。

早く片付けて、鎮守府に帰投するとしましょう。

432: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:29:42.28 ID:505MHcJfo
「叢雲、那珂ちゃんは右舷へ。逃げていく船団の誘導をお願いします」


これなら中破状態の那珂ちゃんでも問題ない役回りです。

叢雲をサポートにつければ大丈夫と判断します。

433: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:30:08.72 ID:505MHcJfo
「任せなさい」

「うん、行くよー」


二人が右舷へと流れています。

指示しなくても叢雲が先頭に立ち、弾除けの役割を担っているのは流石です。

434: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:30:35.93 ID:505MHcJfo
「残った3隻は私と一緒に左舷へ・・・敵を殲滅します」

「了解、さっさと片付けて夜戦だね!」


川内姉さん軽口に頬を緩ませて。

私たちは戦場へと駆け出したのです。

435: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:31:02.83 ID:505MHcJfo
こちらの戦力が4隻、相手は5隻・・・・・・。

相手が1隻多いですが、同格の軽巡までしかいないのは確認済みです。

それならば、私たちの敵ではありません。



事実、艦娘が戦闘に加わってから沈む船団はなく・・・。

那珂ちゃんと叢雲の誘導に従って、少しずつですが襲撃から逃れ出しました。

436: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:31:30.38 ID:505MHcJfo
「陽炎、不知火が引きつけているうちに」

「攻撃よ、攻撃!」



不知火が釣りだした敵の側面に、陽炎の主砲が炸裂します。


「よっしゃ、敵駆逐1隻撃沈・・・あんたらやるじゃない!」

437: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:31:56.79 ID:505MHcJfo
「へっへー、川内さんも参考にしてくれて良いですよ?」

「なんだとこのぉ・・・っと、神通任せたよ」


こんなに良い連携を見せられては、先輩として黙っているわけにはいきません。

はい、と短く返事をして。

438: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:32:24.77 ID:505MHcJfo
川内姉さんの牽制に気を取られている内に、突撃を敢行します。

陣形の中央に私という楔を打ち込まれて。

敵艦隊に動揺が走るのが手に取るように分かります。



分断された艦隊は容易に私の接近を許し、そして。


「これで終わりです」

439: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:32:51.50 ID:505MHcJfo
ドド、ドドドドド。


至近からの一撃を浴びて、敵軽巡1隻、駆逐1隻が水底へと沈んで行きました。


「あちゃあ・・・あれには適わないわ」


陽炎の呟きは当然のものです。

そう簡単に追いつかれては困りますから。

440: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:33:29.22 ID:505MHcJfo
これで残りの敵は・・・中破状態の軽巡1隻、駆逐1隻。

対してこちらはほぼ無傷の状態で艦隊を保っていますから・・・。



「気を引き締めて・・・残りを確実に片付けます」


戦闘の収束を意識した指示を私が出したのも、無理からぬ事でした。


441: ◆VmgLZocIfs 2015/04/14(火) 22:33:55.67 ID:505MHcJfo
そう・・・これで、終わると思っていた。

いつもなら、これで終わってた。



なのにこの時は。

この時だけは、それが許されなかったのです。

447: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:26:26.38 ID:S1nvwmFMo
背後で、ドカンと・・・主砲の音がしました。
咄嗟に、那珂ちゃんか叢雲の一撃かと思いましたが・・・。


それは違うと、すぐに脳裏で否定します。


避難誘導をかけている彼女たちは、極力目立たないのが仕事です。

そんなミスを犯す様な二人ではありません。

448: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:27:03.42 ID:S1nvwmFMo
何か、嫌な予感がします。


ザザ、ザザザ。
隊内無線が入り、叢雲の呆然とした声が響き渡りました。


「右舷より敵影を確認・・・新手よ」

449: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:27:45.49 ID:S1nvwmFMo
自身の失敗を痛切に感じます。
何故、増援の可能性を考えなかったのでしょう。


最近の敵数が少なかったことからの、完璧な判断ミスです。


もっとも、それを考慮していたとしても・・・。

6隻という限られた兵力では、作戦は変わらなかったでしょうが・・・。

そんな事は問題ではありません。

450: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:28:14.08 ID:S1nvwmFMo
静かに、現状を確認する様に図らいます。


「叢雲・・・敵の数は」
「重巡2、軽巡1、駆逐3」


背筋が凍ります。

旗艦である私よりも格上の重巡が2隻・・・。

しかも兵力まで敵が多いとなると・・・。

451: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:28:52.52 ID:S1nvwmFMo
「・・・・・・っ、那珂ちゃんは!?」


先ほどの、おそらくは敵重巡の発砲音。
あれは一体・・・。


同じく、体内無線から妹の声。



「えへへ、那珂ちゃんはまだ平気だよ~?」


その声に思わずホッとしたのも束の間。

452: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:29:22.91 ID:S1nvwmFMo
「アンタ・・・どこが平気なのよ、大破状態でしょ!?」

叢雲の声に胸が締め付けられます。


「那珂ちゃん!?」

「もう、叢雲ったら、チクりは芸能界じゃ厳禁だよ?」

「バカ・・・」

453: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:29:50.78 ID:S1nvwmFMo
「神通、落ち着いて。まずは那珂と叢雲と合流を―」


川内姉さんの言葉に我に帰った私は、手持ちの艦隊に指示を出します。


「全力で那珂ちゃん、叢雲のもとへ急行、合流します」


最初の敵部隊は半壊状態ですから、追撃の心配はないでしょう。

背後を振り返ることなく、私たちは駆け出しました。

454: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:30:21.33 ID:S1nvwmFMo
待っていたのは、地獄の続き。

誘導役の那珂ちゃんと叢雲が無力化されたことで、またしても船団が襲われています。


一撃、また一撃と敵主砲が船団に当たっていき、次々と船が炎上、沈んで行きました。


「神通・・・」


泣きそうな叢雲の顔。

初めて見る顔です。

455: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:30:49.09 ID:S1nvwmFMo
「あなたは悪くありません・・・那珂ちゃん、状態は?」

「うぅ・・・ごめんね、那珂ちゃん大破しちゃった」



原型をとどめていない艤装が痛々しく・・・また顔も煤で真っ黒です。

それでも命がある事にみんなホッとして。



そして私は、決断を下します。

456: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:33:00.10 ID:S1nvwmFMo
「撤退します」


目の前で襲われている、大勢の命を切り捨てて。
それでも私は、この娘を・・・大切な妹を失いたくない。


「そんなの駄目だよ!」


でも、それを・・・なんであなたが許してくれないの。
・・・・・・・・・那珂ちゃん。

457: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:34:12.86 ID:S1nvwmFMo
「まだ襲われてる人たちがいる・・・助けなきゃ」

「でも那珂さん・・・大破して」


「それでも」

ああ、この娘は強い。

458: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:34:41.30 ID:S1nvwmFMo
「それでも、ここで撤退しちゃって・・・あの人たちが死んじゃったら」

「きっとみんな後悔するよね、違うかな?」


そして誰よりも正しくて、優しいのです。

459: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:35:07.87 ID:S1nvwmFMo
「倒すのは無理でも、船団が逃げるまで引き付けることは出来るよ!」


再びくる、決断の時。

それでも、と撤退に傾きかけていた私の心を揺り戻したのは。



ガガ、ガガガガ。

憎しみすら感じる、電探がかき鳴らす音でした。

460: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:38:06.11 ID:S1nvwmFMo
「鎮守府より入電です」

不知火の疲れきった声が、命令を告げていきます。



「今・・・同じく出撃中の天龍隊に救援依頼をしたそうです」

遅い。なんでもっと早く・・・。

461: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:39:08.82 ID:S1nvwmFMo
「天龍さんの隊も戦闘後に駆けつけるため疲弊している様です」


ここで撤退したら、天龍さんの艦隊とは入れ違いになってしまうでしょう。

そして・・・天龍さんたちがどれくらいの状態でいるのかが分かりません。

少なくとも、彼女たちの隊だけに敵を任せることは・・・。



「合流するまで持ちこたえよ。撤退は認めず、と・・・」



ああ、これで・・・決まってしまった・・・と、私は思いました。

私などでは抗えない何かが、私たちを潰そうとしているとも。

462: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:39:58.40 ID:S1nvwmFMo
あの時。


少女の様に泣き叫べたらどんなにましだったろう。

やはり私は兵器です。この時も、こんな指示が出来たのですから。

ぎゅっと拳を引き結んで、私はそれでも旗艦としての役割を果たしました。



「撤退戦を開始します・・・船団を可能な限り守りつつ、戦闘続行です」



地獄から本当の地獄へ。

戦いはまだ続きます。

463: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:42:03.04 ID:S1nvwmFMo
【提督side】


気休めは口に出来ない。

それは安い言葉をかけて安心したい俺の自己満足でしか無いのだから。


だから俺は、淡々と事実のみを問題にして話を続ける。

464: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:43:36.05 ID:S1nvwmFMo
「撤退を許さなかったのは、やはり」

「後の評価を司令官が気にしたのでしょう」


船団全滅と生き残りがいるのでは、確かに心象が違うだろう。

ただ、その為に部下を更なる死地へ追いやったそいつは、最低のクズだ。

465: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:44:04.87 ID:S1nvwmFMo
「あなたならあの時、どんな指示を下すのでしょう」


憂いを帯びて・・・卑屈な笑いを含んで神通は口にする。

今この華奢な肩を抱きしめて、優しい言葉をかければ・・・この娘は堕ちるだろう。


当初の目的通り。

全ての艦娘をモノにする・・・その第一歩じゃないか。

どうした、俺?

466: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:45:06.83 ID:S1nvwmFMo
「俺とそいつは違う、意味のない問だな」


結局、口にしたのは卑怯な逃げの言葉。

誰よりも俺自身が、それを逃げだと感じる。


どうした、彼女を救うためなら何でもするんじゃなかったのか?

467: ◆VmgLZocIfs 2015/04/15(水) 21:46:10.13 ID:S1nvwmFMo
「そうですね」


求めていた答えを与えられず、落胆の色を見せながら。


いよいよ話は確信に迫っていく。

軽巡:那珂の轟沈・・・その瞬間へと。

473: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:06:29.74 ID:P+JJlSe4o
【神通side】


「散開と集合を繰り返して・・・敵を牽制します」


「応!」


那珂ちゃんを再び輪形陣の中央へ戻し、私たちは密集します。

あとは攻撃が集中するタイミングを見計らって。

474: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:06:57.53 ID:P+JJlSe4o
「散開、川内姉さんと陽炎前へ」

「不知火、叢雲は私と援護射撃です」


「行くよ陽炎」

「お任せを!」



実際に突撃しなくてもいい。

その構えを見せるだけで敵は私たちに備えなければなりません。

そこを突いた形の防衛戦は当初、上手くハマりました。

475: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:07:27.63 ID:P+JJlSe4o
敵艦隊は炎上する船団への攻撃にも未練があるようで、どっちつかずの攻撃となっていることも要因の一つです。


「川内姉さん、陽炎後退・・・続いて不知火、叢雲前へ」


「はい」

「行くわよ」



続いて控えの二人を前に出して牽制を続けます。

こうして時間を稼いでいる間にようやく・・・。

476: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:08:08.06 ID:P+JJlSe4o
「船が1隻、戦闘海域から離脱し始めたよ、頑張って!」


見張り役に徹している那珂ちゃんから報告が入ります。

まずは1隻・・・確実にあがる成果を前に、この作戦が間違っていない確信を得ます。



あとはこのまま敵の攻撃をいなし続けて。

全ての船団の撤退か、天龍さんたちの救援を待つ。

477: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:08:33.66 ID:P+JJlSe4o
正面きって戦うわけにはいかない私たちが採れる最善の策です。

今、もう一度あの戦いの指揮を採れと言われても。

私はもう一度、あの作戦を採るでしょう。



そして・・・そして、同じ結果を招くのでしょうか。

478: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:08:59.97 ID:P+JJlSe4o
川内姉さんと陽炎の後退。
不知火と叢雲の前進で、輪形陣が綻んだまさにその一瞬。


最悪のタイミングで、それは起こりました。

479: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:15:51.84 ID:P+JJlSe4o
突然、視界が真っ白に染まります。
それは、かろうじて繋ぎ止めていた希望が絶たれる、終焉の色。


「霧が・・・」


「こんな時に!」


遠くで川内姉さんの声がしますが、姿は確認できません。

480: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:16:17.41 ID:P+JJlSe4o
「皆さん、一度こちらへ集合を――」


何とかして体勢を立て直そうと声をかけますが・・・。


「駄目よ、神通・・・陽炎とはぐれないようにするのが精一杯」
「こっちも同じね、不知火とは一緒にいるわ!」


艦娘どうしの連携が取れず、組んでいた輪形陣はなし崩し的に崩壊しました。

今やそれは2隻同士のペアが3組あるというだけの状態・・・。

これではどうしようもありません。

481: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:17:53.02 ID:P+JJlSe4o
「各員、霧の外を目指して後退・・・合流はその後です」


私の判断に応、という掛け声のもと散らばる艦隊・・・。

それきり離れた味方の声は聞こえなくなりました。

482: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:18:18.68 ID:P+JJlSe4o
「那珂ちゃん・・・」

「うん、足の遅い私が逃げられれば・・・」


せめてお互いにはぐれない様にと繋ごうとした手は。

結局、触れ合うことがなくて。

483: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:18:47.02 ID:P+JJlSe4o
「回避っ!?」

「きゃあ!」



私と那珂ちゃんを引き裂くように、砲弾の雨が降り注いで。

私と那珂ちゃんは、離れ離れに回避行動を取らざるを得ませんでした。

484: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:23:51.51 ID:P+JJlSe4o
ここから先を、何度夢で見たことでしょう。

あと何度、見せられるのでしょう。



私が守れなかった、妹。

私が死地に追いやった、妹だった、あの娘。



ああ、もうすぐ魚雷の音がします。

そして、霧が晴れたあと・・・呆然と立ち尽くす私の周りには。

誰も・・・誰もいなくて。

485: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:30:02.25 ID:P+JJlSe4o
深海棲艦だけが、私を取り囲むよう近づいてくる・・・。

その姿を私は、焦点の合わない目で見渡します。

重巡2、軽巡1、駆逐3。



戦闘開始時と全く変わらない、圧倒的に有利な編成で。

格好の獲物を見つめる眼、眼、眼。

ついさっき沈めた艦娘と同じように、今度は私を・・・。

486: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:30:38.34 ID:P+JJlSe4o
ああ、私もここで沈むのか。

最初に思ったのは、そんな諦めです。



船団を見捨てていれば、こんなことはなかったのでしょうか。

でもそれは、命と引き換えにもっと尊い何かを失ったことでしょう。

487: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:34:04.36 ID:P+JJlSe4o
先ほど、戦闘海域から離脱しつつあった船があったのを思い出します。

他の船は全部、深海棲艦に沈められてしまったけれど・・・。

あの1隻だけでも守れて良かった・・・無駄では無かった。

私が・・・那珂ちゃんが、命をかけて守った船の行く末を確かめに後ろを振り向くと。

488: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:34:33.22 ID:P+JJlSe4o
「あっ・・・・・・ああっ・・・」


先ほど、唯一離脱しかけた船がまだそこに在って。

そしてそれは、轟々とその身に炎を抱きながら・・・。

天高く、呪詛のように煙を吐き出し続けているのでした。

489: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:35:29.00 ID:P+JJlSe4o
ナニモ、マモレナカッタ。


那珂ちゃんも、那珂ちゃんが守ろうとしたものも、なにも。


ナニモ、ナニモ・・・。


「あっ・・・・・・ああ・・・」



ワタシタチハ・・・。


ワタシタチハ・・・ナンノタメニ・・・。

490: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:38:56.53 ID:P+JJlSe4o
丁度、私に突撃をかけてきた敵軽巡に狙いを合わせて。


ズドン。
私の主砲が、それを打ち抜きます。


次発装填。

今度は反対側・・・左翼の重巡へ狙いを合わせて。

491: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:39:48.04 ID:P+JJlSe4o
無意識のうちに身体が動いたと思ったら。

次の瞬間・・・今までにない速度で、敵の懐に入り込んでいました。


ズドン、次発装填。ズドン、次発装填。


次発装填、次発装填、次発装填、次発・・・・・・・・・。



「あぁ・・・あっ・・・あ・・・」

「ああああああああああああああああああああ!」



狂ったように私は、敵を打ち続けたのでした。

492: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:40:14.75 ID:P+JJlSe4o
「・・・っ、神通!起きろ!」


「ぅ・・・あ・・・こ、こは・・・?」



目覚めたのは洋上。

私の体は天龍さんに抱き抱えられて、かろうじて浮いていました。

493: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:41:14.39 ID:P+JJlSe4o
周囲には・・・・・・おそらく私が蹴散らしたであろう、深海棲艦の残骸と。

無言のまま倒れる私を囲んで俯く、援軍の天龍隊の皆さんがいました。



真っ先に浮かんだ言葉は。

494: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:43:14.27 ID:P+JJlSe4o
「そうだ・・・那珂ちゃん、那珂ちゃんは!?」

「・・・・・・・・・っ」


夕張さんが喉をつまらせて隊列を離れます。

私のために泣くのをこらえている、そんな気付きたくもない優しさに気付いてしまう。

495: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:43:43.88 ID:P+JJlSe4o
私の、意味のない問に。


「今、炎上中の船から救助活動をしている・・・生き残りがいるかもしれない」


返されるのは、答えにならない答え。


それだけ言うと、天龍さんは唇を噛み締めて押し黙ってしまいました。

そんなこと、聞いてない。聞いてないですよ・・・天龍さん。



涙は、流れませんでした。

496: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:44:46.88 ID:P+JJlSe4o
「そうですか」


「川内姉さんや、叢雲たちは?」


「ここへ来る途中ですれ違ったわ、今頃帰投しているはずよ」



いつになく早口の龍田さんに、もう一度そうですかと冷たく返事をして。

497: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:45:14.21 ID:P+JJlSe4o
「では、私たちも」


「おい、どこへ行くんだよ」


慌てて声をかけてくるのは天龍さんですけれど。

何を言っているんでしょうか。

鎮守府に帰投する・・・それ以外ありえないじゃないですか。

498: ◆VmgLZocIfs 2015/04/16(木) 19:45:43.19 ID:P+JJlSe4o
「船団護衛任務は失敗しました・・・帰投して報告をしなければなりません」


「お前っ・・・・・・こんな時にっ」

「天龍ちゃん」



発言が龍田さんに切り取られます。


それきり私たちは喋ることなく。

時折、天龍隊の中から嗚咽を噛み締める音が聞こえるほかは。



驚く程静かに、整然と帰投を果たしたのでした。

503: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:38:35.03 ID:Tg2aHed1o
【提督side】


もしも、あの時に戻れたらなんて。
意味のない問を、神通は紡ぎ出す。


「私は司令官の命令を・・・那珂ちゃんの意思を無視して撤退するでしょうか」


力なく神通は首を振る。


「いいえ、しません。何故なら、私は兵器だからです」


ああ。
だから君は、自分のことをそう呼ぶのか。

504: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:40:15.16 ID:Tg2aHed1o
「兵器は、命じられたままに敵を倒し、傷つき、沈んでいきます」

「そこには誰の・・・私の意思も、選択も、介在する余地はありません」

「ですから私は兵器です。兵器じゃなきゃいけないんです」



そうでしょう、と・・・神通。

これが、答えか。

505: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:40:53.05 ID:Tg2aHed1o
どうしようも無かったからだと思いたくて。

浮かんでくる、消えることのない”もしも”から逃れるために。

妹の死から目を背けるために君は。



「だってもし・・・もしもあの時、私が理不尽な命令に逆らう事が出来たなら那珂ちゃんは」

「いいえ、いいえ・・・そんな選択肢は有りません、無かったんです」

「私は兵器だから・・・兵器だから、命じられるままに戦った、それだけです」

506: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:41:24.24 ID:Tg2aHed1o
ぎゅ、っと目を閉じて。


「そうでなければ、那珂ちゃんが沈んだのは・・・」



神通がその言葉の続きを言うことは無かったけれど。


私のせいじゃないですか。


言葉に出さなくとも聞こえてくるのは。

あの日からずっと、ずっと叫び続けている、神通の哭き声。

507: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:42:24.89 ID:Tg2aHed1o
選択を迫られる。
今度は神通ではなく、俺に。


君は兵器じゃない、という冷たい真実か。
君は兵器だ、という優しい嘘をつくか・・・そのどちらかを。


俺はこの娘の提督として。
この娘に寄り添う者として、選択しなければならない。

508: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:42:51.81 ID:Tg2aHed1o
知ってるよな、神通。
俺が意地悪ばっかの、いけ好かない男だっていうことをさ。


だから、楽になんかしてやらない。
苦しんで苦しんで、それでも”艦娘”として生きる道を示してやる。

509: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:43:17.71 ID:Tg2aHed1o
「それにしても、君の妹の・・・那珂、だったか」


がっくりと項垂れる神通からは何の反応もない。
それを見下ろして、俺は言葉の刃を振りかざす。


「酷い奴だよな」


最後まで言い切る前に、衝撃が俺を襲った。

510: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:43:47.65 ID:Tg2aHed1o
「どういう意味ですか」
「かっ・・・はっ・・・」


軍服の襟を掴まれて、壁に叩きつけられる。


「聞きたいのは悲鳴や嗚咽じゃありません、どういう意味かです」


ぐり、っと・・・襟を掴む腕に力が込められる。

初めて向けられる、神通からの殺意。

511: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:44:14.70 ID:Tg2aHed1o
散々嫌いだなんだと言われてきたけれど。

あれ、手加減してたのね・・・優しいじゃん。




「だってそうだろ、大好きな妹が沈んで悲しんでるお姉ちゃんを」

「自分は兵器だなんて言わせて、こんなにも苦しませているんだから」



「違う!」

512: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:45:04.06 ID:Tg2aHed1o
「そうじゃないか。君が、自分は幸せになる資格なんてないと」
「あまつさえ兵器だ、と言うのはあの娘のせいなんじゃないのか?」


そんな事、誰も思っていない。

言葉を放つ俺さえも。



会ったこともない軽巡の女の子に心の中で謝りながら。

もう少しだけ演じるんだ。

最低の悪役っていうやつを。

513: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:47:04.11 ID:Tg2aHed1o
「なあ神通、正直に言ってしまえよ」


「違う、違う違う違う!」



「那珂は・・・君のせいで自分が沈んだと」
「そう思うような娘だからこそ、こうして落ち込んでいるんだろう?」

514: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:47:30.93 ID:Tg2aHed1o
「私が壊れてしまったのは、あの娘の・・・那珂ちゃんのせいなんかじゃない!」

「それは私が勝手に思ってるだけで」

「あの娘は・・・あの娘は何も・・・!」


そうだな。
そうだよ、分かっているじゃないか、この天邪鬼め。

515: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:49:03.18 ID:Tg2aHed1o
「ほら、今のが答えだ」


「えっ・・・・・・・・・」


「君の妹は・・・君が落ち込んでいるのを喜ぶ娘じゃない」
「そんなの、さっきまでの話を聞いてれば分かる」


轟沈の危機に瀕してさえ、人の命を救おうとする優しさ、気高さ。

そんな娘が、自分の姉を呪うはずがないんだ。

516: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:49:31.80 ID:Tg2aHed1o
事実の指摘はなによりも強力なトドメとなる、だったか。


「那珂は・・・君に笑顔でいて欲しい、兵器でいて欲しくなんてない」
「そう思うんじゃないのかな?」


瞳にいっぱいの涙を抱いて。

それでもこの娘は、それを零す事を・・・泣くことさえ自分に許していない。

まるでそれさえも、大切な妹との絆だと言うように離しはしないのだ。

517: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:50:02.91 ID:Tg2aHed1o
ああ、この娘はなんて強くて。

そして、弱くて不器用な娘なんだろう。



「でも・・・でも、でもっ・・・!」
「あの日、あの娘が命をかけて救おうとしたものは、全て水底に沈んで行きました」


「残ったのは、私の憎悪と、悲しみと、無力感だけ」


助けて、という声が聞こえた気がした。

518: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:50:30.62 ID:Tg2aHed1o
「なんだったんですか」


それは、あの日から聞こえてくる、か弱い一人の少女の言葉。

「あの日の、いえ・・・私たちの今までの戦いは、なんだったんですか」


ああ、今やっと。
本当の神通に会えた気がする。

519: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:54:50.83 ID:Tg2aHed1o
「教えてください、提督・・・私はこれから、一体何のために戦えば」


「そうだ、私は・・・私はあなたのために」


例えば天龍ならば、その答えに頷けた。

ひたすらに真っ直ぐで、あけすけな彼女がその答えをはじき出すのなら。

だけど、お前は駄目だ。その答えはお前を不幸にする。

520: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:55:17.40 ID:Tg2aHed1o
「駄目だ」


だから、すがろうとするその手を振り払う。


「なぜですか!」


「轟沈者を出さないんでしょう、そういう指揮をして下さるんでしょう」


それなら私は、と言う神通を押し留めて。

521: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:55:45.82 ID:Tg2aHed1o
「そう、そして今度は俺が命じるがままに戦うのか?」

そこに逃げるようじゃ、何も変わらない。


それは信頼ではない、ましてやもっと尊い・・・恋なんかではない。
一方がもう片方にもたれかかるような馴れ合いは、断じて。

522: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:56:19.50 ID:Tg2aHed1o
「あっ・・・ああ」


神通が怯む。

でも、逃がさない。


「俺は、神通。君と一緒に幸せになりたい」


だから、何度でも言おう。

523: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:56:48.21 ID:Tg2aHed1o
「君のことが好きだ、神通」


「そして俺は、好きな女に甘えは許さない」


「じゃあ・・・じゃあ、私はどうすれば」


甘えは許さない、そう言ったはずだ。

524: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 14:57:17.58 ID:Tg2aHed1o
「それは自分で決めろ」


「ただ、俺は道を示そうと思う。君が自分を兵器だと罵らずに済むような」


「君が心から自分のことを許せるようになる、そんな道を」


絶対に、君を諦めたりなんかしない。

525: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:03:40.05 ID:Tg2aHed1o
【神通side】


部屋を出ると、川内姉さんが待っていました。


「少しは、喋れたの」


その言葉に私ははい、と返事をします。



「良かった」

「良かったって!」


思わず突っかかる私に、川内姉さんが一言。

526: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:04:09.24 ID:Tg2aHed1o
「やっと、吐き出せたみたいで」


「いやー、私夜戦しか取り柄ないからさ。こういうの苦手なんだよねー」


「妹のこと励ましてやろうかと明るくするけど、結局騒いでばかりで」



ことさらに明るく言おうとしていますが、声が震えています。

527: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:04:35.47 ID:Tg2aHed1o
本当は分かってた。川内姉さんが無理矢理明るく振舞っていたことなんて。


どんなにか辛かったことでしょう・・・大好きな妹の一人が沈んで。


もう一人はといえば、それを自分のせいだ自分のせいだと塞いだまま。

528: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:05:11.20 ID:Tg2aHed1o
「川内姉さん・・・」

「ん」


だから、せめてこの言葉を。


「ありがとう」

「うん」



「後は、私が頑張るだけです」

「そっか」


それだけ言うと、もう二人の間には会話はなくて。

529: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:05:39.17 ID:Tg2aHed1o
でも、姉妹の間に安らかな時間だけが流れていくのを感じました。

ああ、早く・・・本当の意味で立ち直らないと。



でも、どうしたら・・・・・・?

どうしたら、私は全てを受け入れて。

素直に提督のことを好きと言えるのでしょう?



いつまでも逃げてばかりはいられません。

ちゃんと、自分の気持ちに区切りをつけてなくては。

530: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:06:07.76 ID:Tg2aHed1o
【提督side】


”俺のため”なんかに戦っては、きっとまた彼女は駄目になる。


何のために戦うか、なんてのは自分自身で決めることだけれど。


今までの戦いが無駄ではなかった、という事くらいは教えてやりたい。

531: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:06:43.45 ID:Tg2aHed1o
神通の過去を聞いているうちにおや、と思った。


彼女の凄絶な過去を聞いている、そんな時ですら計算を働かせる自分に嫌気が差しながら。


それでも俺は冷徹に思考を回転させているのだ。


ここに最後のピースがあるんじゃないのか?




妹を亡くした衝撃が大きすぎて、神通は気がついていないけれど。


神通を立ち直らせるための、最後の。

532: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:07:10.36 ID:Tg2aHed1o
我ながら反吐が出る。

人の善意・・・心を利用する醜悪な思いつき。

吐いて捨てるようにある、何の面白みもないお涙頂戴の寸劇。



でも、やるんだ。

俺の思いつきが正しければ、これで事は成る。

彼女を立ち直らせるためなら、なんでもする。

湧き上がる嫌悪感をそうやって抑えながら、俺は下準備に取り掛かった。

533: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:32:11.75 ID:Tg2aHed1o
【神通side】


旗艦の任から外されて数日が経ち・・・。

執務室に呼び出された私は、明日時間を作れ、と提督に言われました。

少し遠出する、と。



海域攻略の期限を残り1週間と決めたこの大事な時期に、何故・・・。


というと、こともなげにこう答えました。


明日で君を立ち直らせるから、と。

534: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:32:43.62 ID:Tg2aHed1o
どうやら、何かを考えている様です。

私も、頑張らなきゃいけない、そう思いました。


提督と一緒に街の駅まで行き、そこから汽車を何本か乗り継いで。
朝方に出かけたのに、着いたのはお昼前でした。

535: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:36:57.31 ID:Tg2aHed1o
たどり着いたのは、内地の片田舎。
駅からでたそこはのどかな畑とあぜ道が広がっている、艦娘とは全く縁のない土地です。


海のない土地に、何故艦娘である私を連れてきたのでしょう。



「ここだな」



あぜ道を山の方へずっと進んでいって。

たどり着いたのは、古びた洋館でした。

536: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:37:23.36 ID:Tg2aHed1o
「お待ちしておりました」


物静かな雰囲気の老女が出迎えてくれます。


提督の挨拶の仕方を見るに、初対面の様です。

ますます訳がわからなくなっていく・・・。



いったい、何故私をここへ連れてきたのでしょう。

537: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:37:49.96 ID:Tg2aHed1o
「遠いところをわざわざ・・・」

「いえ、こちらが頼んだことですから」


提督と私を洋館の中に案内しながら、老女が語り出します。


「今はここで・・・幼い子供達と静かに暮らしています」


あれ、と思いました。
失礼ながら、子供がいらっしゃる年齢には見えませんから。

538: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:38:17.31 ID:Tg2aHed1o
「我々のような軍の人間が来て、変な刺激をしないか心配だったのですが」

「いえ、そのご心配には及びません」

「みんなもう、気持ちの整理は付いているはずですから」


それに、と女性は私を見据えます。
淡い悲しみと、静かな安らぎをたたえた瞳。


「あなたにお礼も言いたかったことだし」

「え?」


訝しむ私をよそに、女性は廊下の端で足を止めて。

両開きの扉を前に、私の方を振り向きます。

539: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:38:46.47 ID:Tg2aHed1o
「さあ、入って」

「私が先に、ですか」


不安になって提督の方を見ても、頷くばかり。


自分の気持ちを整理して・・・・・・提督に好きという。
そのために。


意を決して、扉を開きます。

540: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:39:15.37 ID:Tg2aHed1o
パン、パン、パンという複数の、甲高い音が室内に響きます。

「敵襲!?」


思わず口からついて出た言葉ですが、そんな訳もなくて。



「「じんつうお姉ちゃん、はじめまして」」

「へ?」

541: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:39:43.55 ID:Tg2aHed1o
クラッカーの音が鳴りやんで。

聞こえてきたのは、子供たちの声。


男の子が5人、女の子が4人・・・・・・。

幼稚園から小学校の高学年くらいの、年齢もバラバラな子供たちが、こちらに向かって一列に並んでいます。

542: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:40:11.02 ID:Tg2aHed1o
「今日は、遠い所を来てくれてありがとうございます」


「「ありがとうございます」」


一番年上らしき男の子の号令に従って、歓迎の挨拶が始まります。

困惑、そう・・・困惑しかありません。



「僕たち」


「私たちと」


「「お友達になってください」」

543: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:40:39.76 ID:Tg2aHed1o
子供たちの挨拶を、ただただあっけにとられて見ていると。
いつの間にか、私の隣に先ほどの女性が立っていました。


あの子達を優しげな目で見つめながら、呟きます。


「あの子達も、そして私も」

「あなたが・・・いえ、あなたたちが救ってくれたんですよ」


どういう、ことでしょう。

自分のことを兵器、兵器と蔑んできた私に。

誰かの命を救ったことなんて、一度もないはずです。

544: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:41:07.42 ID:Tg2aHed1o
「あの日の戦いは無駄だったと、君は言ったな」


あの日・・・それはもちろん、那珂ちゃんが沈んだ・・・。



「でも俺は・・・果たしてそれは本当だろうかと、お前の話を聞いて思ったんだ」

「そんな・・・だって私たちはあの日、何も守れなくて」

「いいえ」


老女が優しく首を振ります。

545: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:41:48.55 ID:Tg2aHed1o
「あなたがいなければ、私は今・・・ここにいることはなかったでしょう」


「そして、あの子たちも」


「え?」


釣られて子供たちを見ます。

”海から離れた”場所を選んで住む、子供たちを。

546: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:42:17.33 ID:Tg2aHed1o
「あの日、大勢の命が失われました。私の夫も、あの子達の親も、兄弟も、たくさん」


遠くを見るように老女は呟きます。



「でも、私たちは生きてここにいる。それは、あなたのおかげなのですよ。神通さん」


「まだ、分からないかな」



「提督・・・」


「お前たちが鎮守府に帰投する前に・・・天龍が何て言ったか覚えているか」


「まさか・・・」

547: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:42:47.61 ID:Tg2aHed1o
ある可能性にたどり着きます。
那珂ちゃんを失った衝撃で今まで見落としていた・・・深く考えなかった可能性。



『今、炎上中の船から救助活動をしている・・・生き残りがいるかもしれない』


天龍さんの言葉が頭の中に蘇ります。


まさか、まさか・・・ああ。


子供たちの声が聞こえてきます。

548: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:43:13.86 ID:Tg2aHed1o
「じんつーさん、助けてくれてありがとうございました」


「「ありがとうございました」」


「今からぼくたちが、感謝のうたをおくります、聞いてください」



ああ、この歌は。
よく、那珂ちゃんが歌っていた・・・。


歌を聞きながら、老女の語りかけに耳を傾けます。

549: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:43:40.26 ID:Tg2aHed1o
「私たちを救うために、あなたの妹が犠牲になった事を聞きました」


「本当は、謝るべきなのかもしれません。でも」


「それでも私はあなたと・・・あなたの妹にこう言いたいのです。ごめんなさいではなくて」


「助けてくれてありがとう、と」




無駄ではなかった。
・・・・・・無駄じゃなかったよ、那珂ちゃん。


心が・・・あの日以来塞いだままだった心が開放されていくような気がしました。

550: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:44:08.43 ID:Tg2aHed1o
歌が終わって。
この先は何もシナリオがないのか、子供たちも不安げにこちらを見てきます。


私も何を話したらいいのか分からず、立ち尽くしていると。


「行ってあげなさい」



提督が背中を押してくれました。

おそるおそる子供たちに近づいて。



「神通と申します・・・よろしく・・・お願いします」


私はあまりにも不器用に、”お友達”との最初の挨拶をすませたのでした。

551: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:47:23.55 ID:Tg2aHed1o
【提督side】


神通の背中を押した。
これで彼女は立ち直るだろう。


そう仕向けたのは他ならぬ俺のはずなのに。
心の中はもやもやとして晴れ渡ることはなかった。


みんなの澄んだ心を利用している罪悪感。
それすらも、今の俺に抱く資格はないのかもしれない。

552: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:47:50.45 ID:Tg2aHed1o
「彼女のため、なんでしょう?」


穏やかな老女の瞳が、今度は神通ではなく俺に向けられている。


「あなたが苦しんでいるのは」


何もかも、見透かされて。


「謝らなければいけないのは、誰よりも俺なんです」


俺は心の内を正直に打ち明けていた。

553: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:48:19.52 ID:Tg2aHed1o
「いいのではないかしら」


「あなたのちっぽけな自己嫌悪なんて、どうでも」


「大事なのは、好きな人が笑顔でいること。その隣にあなたがいること」


「それは、お互いが生きている間にしかできないことなのだから」


「そうですね・・・それで、いいのかもしれない」



全く、情けないな。

神通どころか俺までも助けてもらったようだ。

554: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:49:25.38 ID:Tg2aHed1o
【神通side】


本日中に鎮守府に帰るとのことで。
お昼過ぎには、私たちは洋館を出ました。


子供達と老女に名残を惜しまれながら。
また来ます、と約束をして。


先ほど歩いてきたあぜ道を、二人して引き返します。

555: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:49:51.46 ID:Tg2aHed1o
「もう、沈むことは出来ないな」
「はい」


私と提督が交わした会話はそれきりで。


鎮守府のある駅に着くまで、無言の旅が続きました。

556: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:50:19.33 ID:Tg2aHed1o
鎮守府への帰り道に、いつもの街を横切って行きます。

夕暮れに染まる街はもう、人通りがなくなっていて。



「今日はありがとうございます、提督」


奇しくも、私が声をかけたのは、提督と初めて会った噴水の前。

先を行く提督の足がピタリと止まります。

557: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:52:10.61 ID:Tg2aHed1o
「君が勝手に救われただけさ、俺は何もしていない」

「本当に良かったのか、迷っている。あの人たちを利用してしまった」


ああ。
この人もけっこう、強情でいじっぱりで、ひねくれているんです。


そんな不器用なところが私とすごく似ていて。


私はそんなこの人のことが、たまらなく好きなのです。

558: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:52:54.70 ID:Tg2aHed1o
だから。

「その、神通・・・」


だから、その申し出は卑怯です。


「さっきからずっとこらえているようだから言うんだが」

「なんでしょうか」

559: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:53:22.11 ID:Tg2aHed1o
私の方を振り向いて。
夕暮れを背に、彼が呟きます。


「もう、泣くのを我慢しなくてもいいんじゃないかな」


その一言に。

あの日から溢れないようにしていた感情の奔流が、堰を切りました。

560: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:53:55.90 ID:Tg2aHed1o
「う・・・あぁ・・・提督っ」


提督の胸元へ思わず駆け出します。
そんな私を提督は優しく受け止めてくれて。


「馬鹿、ばかばかばか・・・!」

「うん」

561: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:54:37.20 ID:Tg2aHed1o
「なんで・・・なんでもっと早く!あなたみたいな人が来てくれなかったんですか!」
「そうすれば、あの娘が沈むこともなくて!」


もう自分で何を言っているのかも分からないまま。


「ごめん」

「なんで、なんでなんで。私、ずっとつらくて」

「あなたが悪いんです、あなたさえ来なければ、私はずっと兵器でいられて!」

「こんな、こんな辛さと向き合うことなんてなかった、目を背けていられた!」


ただただ、溢れ出る感情に任せて。

私は提督のもとで泣きじゃくりました。

562: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:55:06.20 ID:Tg2aHed1o
「もう、兵器だなんて言えない。思い知らされてしまったから」


「那珂ちゃんの思いは無駄じゃなかったって。報われたんだって」



そして。



「あなたのことが好きだから。もう私は兵器でいられない」


やっと、やっと認めることができました。

伝えることが出来ました。

563: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:55:48.50 ID:Tg2aHed1o
「なんでですか」


でも、まだ止まりません。
今までせき止めていたものは、あまりにも大きすぎたから。


「なんで、私なんかに優しくしてくれるんですか」

「一目惚れでした。あんな・・・あんな出会い、反則すぎます」


あの日からずっと、私の心は不安定で。

564: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:56:17.83 ID:Tg2aHed1o
「私なんかが幸せになっちゃいけないと思って、あなたを遠ざけて」


でも、あなたは諦めてくれなくて。


「本当は嬉しかった。私が遠ざけても、あなたは諦めてくれなくて」

「話しかけてくれて、街に連れ出してくれて、嬉しかった」


もう一度、聞きます。


「なんで、私なんかに優しくしてくれるんですか」

565: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:57:43.51 ID:Tg2aHed1o
突然。
胸を借りて泣くだけだった私の肩が、強い力で引き寄せられます。


ぎゅうっと、痛くなるくらいに。
提督の二本の腕に抱きしめられて。


抱きしめられたまま、宣言されるのです。


「君のことが、好きだからだ」

566: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:58:25.78 ID:Tg2aHed1o
だって、だって。


「まだ、怖いんです。幸せになるのが。いいのか、許されるのかって」


私なんかが。そう言おうとした私の口が。


「っ・・・!?」


提督の口で塞がれました。

567: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:58:51.29 ID:Tg2aHed1o
これが、これが口づけ。
唇と唇が触れる、優しいキス。


初めての、キス。


それは一瞬だけの出来事でしたけれど、私を黙らせるのには十分でした。

568: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 15:59:33.43 ID:Tg2aHed1o
「もう私”なんか”って言うの、禁止な」


その言葉に。
普段、ひねくれて強情なこの私が。


「はい・・・」


俯いて顔を赤くして。

驚く程素直に、そう返事してしまうのでした。

573: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:42:02.11 ID:Tg2aHed1o
書けた所まで投下

574: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:43:29.94 ID:Tg2aHed1o
「こっちを向いてごらん」


真っ赤になって地面を見つめる私の頭の上から、提督の声がします。


その声はいつもより優しくて。
でも、なんだか怖い。


恥ずかしくてますます俯いてしまう私の頬にそっと手を添えて。

その提督の手に導かれて、私は顔を上げました。

575: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:44:12.72 ID:Tg2aHed1o
目と目が合うその瞬間。

私は本当の意味で、恋を知りました。



今までにない近い距離で。

私たちはお互いを見つめ合います。



見つめるだけで満たされていく、そんな感じがするのに・・・。

実際は、それだけでは満たされる気がしなくて。

576: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:44:39.49 ID:Tg2aHed1o
恋とは、こんなにも恐ろしいものなのでしょうか。

今、提督と向き合って、抱いていただいて・・・とても幸せなはずなのに。



足りない。

それだけじゃ、全然足りません。

もっと、提督のことが知りたい。

もっと、提督に知ってもらいたい。

577: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:45:12.62 ID:Tg2aHed1o
・・・・・・なんてはしたない女なのでしょう。

私がこんなことを思っているなんて知られたら。

幻滅されるでしょうか。嫌われてしまうでしょうか。



「どうした、いきなり黙ってしまって」


「怖いんです」


だから、正直に話しました。

578: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:45:38.66 ID:Tg2aHed1o
「幸せになることが、か?」


いいえ。
それはもう、怖がらないって決めました。


「提督に・・・嫌われてしまうのがです」

「嫌うわけないじゃないか」


頭を撫でられます。

そして、優しくされたあとは。

579: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:46:22.67 ID:Tg2aHed1o
「そもそも、あんなに反発されたんだぜ?」


「うぅ・・・あれは・・・ごめんなさい」


ちょっとだけの意地悪。

でも、提督に意地悪されるのが好きだなんて。

やっぱり言えません・・・だって。

580: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:46:48.79 ID:Tg2aHed1o
「だからな、神通。ちゃんとお前の気持ちを聞きたいんだが」


「俺のこと、どう思ってる?」


ほら、すぐに調子に乗るんです。


「そんな事・・・恥ずかしいです・・・」


私が恥ずかしがって困るのが分かっているくせに。

それを見て、この人は楽しむんです。うぅ、最低です。

581: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:47:28.01 ID:Tg2aHed1o
ああ、改めて言葉にしようと意識すると。


ドク、ドク、ドク。
心臓が、これ以上の恥ずかしさには耐えられないと叫んでいます。


「それに、私の気持ちはさっき言ったはずです」


私が逃げようとすると。


「あんな勢い任せの言葉じゃ分からないな」


頭を撫でていた手が、再び私の頬へ。

逃がさないぞ、というように・・・私を捕まえに来ます。

582: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:48:20.77 ID:Tg2aHed1o
「俺は、君のことが好きだ。神通」


こんなに顔と顔を近づけて、そんな言葉を言われたら。

きゅう、と私の胸が、痛いくらいに切なくなって。

嬉しさと、ドキドキと、恥ずかしさと・・・色々なモノが私のなかで混ざり合って。



そして生まれてきたのは、たったひとつのシンプルなことば。


「私も、提督のことが大好きです」


それが全てでした。

583: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:48:47.38 ID:Tg2aHed1o
先程は突然でしたけれど・・・。

今度は、お互いの意思のもとゆっくりと。

顔と顔が・・・いえ、唇と唇が近づいていきます。



目を閉じて、踵を上げて。

それが作法と聞いていました。



夢見た通りの、大人のキスは。

584: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:49:58.46 ID:Tg2aHed1o
「誰か来るな」


道の奥からにわかに聞こえてきた人声によって叶えられませんでした。

しばらく待つと、お勤めを終えた人たちがそれぞれの家路へとついて・・・。

先程まで私たちしかいなかった特等席は、ざわめき出してしまいました。

585: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:50:25.81 ID:Tg2aHed1o
「帰ろうか」

「はい・・・・・・」



提督の後を追って、鎮守府までの道を歩き出します。

その距離は、噴水の前に差し掛かるまでの二人よりも近くて。

抱きしめられたときよりも遠い、そんな距離でした。

586: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:50:55.88 ID:Tg2aHed1o
もう一度・・・キス、したかったな。


はしたない、はしたないなんて言いながらも・・・。


そう思ってしまう私がいました。

587: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:51:22.11 ID:Tg2aHed1o
【提督side】


もう一度キス、したかったな。


そんな事を思いながらも俺は、鎮守府への帰り道を進んでいく。

いかんいかん、俺の邪な思いばかりを優先させちゃ駄目だなんて反省しながら。


つかず離れず・・・微妙な距離感を保ちながらついてくる神通を後ろに見やる。

588: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:51:54.79 ID:Tg2aHed1o
目を閉じた神通があまりに可愛くて、先程は我を忘れそうだった。

彼女にとっては初めての経験ばかりのはずだ、いきなりやりすぎるのも可哀想。

常にそう思っていないと、俺が途端に暴走してしまいそうだった。



冷静に、冷静に。


今日は立ち直ってくれたことで良しとして、ゆっくりと絆を深めていこう。

鎮守府の門にたどり着く。

589: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:52:34.75 ID:Tg2aHed1o
少し冗談でも交えて、お茶を濁して。

笑顔で帰るとしようか。



「ほら、門に着いたぞ」


「・・・・・・・・・」



無言で、俺の背後に立ち止まる神通に向き直って。

590: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:53:47.95 ID:Tg2aHed1o
「今日は、門を通るななんて言わないのかな?」


意地悪な笑みを浮かべる。


初めて会った時の・・・。

俺の正体を勘違いしていたことを持ち出してからかう。

591: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:54:55.05 ID:Tg2aHed1o
忘れて下さいとか、恥ずかしいですとか。

そんな言葉を期待していたのだけれど。

俺の子供じみた企みは、粉々に打ち砕かれる。



神通の手がおそるおそる伸びてきて俺の手を繋ごうと・・・。

繋ごうとして、結局軍服の袖をそっとつまむ。

そんな弱々しい力で大の男がどうこうなるわけないのに、俺は釘付けになった。

592: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:55:29.70 ID:Tg2aHed1o
「まだ、だめです」


神通はそう言って駆け出して、門の前に立ちふさがる。

俺を通さないように。


「まだ、帰っちゃ駄目です」

593: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:56:04.37 ID:Tg2aHed1o
今までにないくらい顔を真っ赤にして。

袖をつかむ手を震わせて、それでも真っ直ぐに俺を見据えて。



「ここなら、誰も来ませんから」



俺の心をきれいに打ち抜きやがったんだ。


「さっきの続き、してください」

594: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:56:49.17 ID:Tg2aHed1o
あーあ、やってくれる。

俺がどれだけ自制を効かせてたかなんて、全然分かっちゃいない。



「それなら、さっきの告白の続きから―――」



先ほどとは真逆で、今度は俺の逃げを神通が許さない。

595: ◆VmgLZocIfs 2015/04/18(土) 22:57:47.31 ID:Tg2aHed1o
「好きです」


「大好きです」


ああ、もう知らないからな。
我慢なんてもう、してやらない。


そう思って俺は、愛おしい存在を確かめるように貪りだした。

601: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:09:23.20 ID:zsKgrRQUo
【神通side】


「きゃっ」


憧れていた王子様のキスは。

私が思っていたものよりもずっと乱暴で、荒々しいものでした。

602: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:09:50.13 ID:zsKgrRQUo
「ん・・・ちゅっ・・・ふあぁ」


いきなり抱き寄せられたかと思うと、私の唇を貪り出します。

抱きしめ方があまりに強くて、折れてしまいそう。

でもその痛みですら、提督が与えてくれるものだから・・・心地いい。



提督と密着すればするほど、私の中の何かが燃え上がっていくのを感じます。

603: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:10:17.45 ID:zsKgrRQUo
「ん・・・ふぁ、駄目です、提督・・・こんな、乱暴にしちゃ・・・んっ」


でも、口を付くのはこんな言葉ばかり。

かたちばかりの、意味を成さない拒否の言葉。

そんな私のか弱い悲鳴を無視して、提督は口づけを続けます。

604: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:10:45.89 ID:zsKgrRQUo
「はぁ、はぁ・・・んっ・・・い、いやっ」


嘘です。嫌な訳がないです、むしろ・・・。

やっと呼吸を許されたかと思うと、すぐに口が塞がれます。



「はぁ・・・んんんっ、提督・・・ていとく・・・」

「好きだよ、神通」

605: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:11:22.16 ID:zsKgrRQUo
好きだよ、そう言われるたびに私の心が満たされていって。

どういうことでしょう、同時に、どんどん乾いていくのです。


この人の愛が、もっと欲しい・・・これじゃ足りない。

もっと、もっとして欲しい・・・だから。



「んんっ・・・ていとく、ていとく・・・私も、私も」
「私も、どうした?」


口づけと口づけの間に交わされる、愛のことば。



「私も、好き。好き、好き、好き・・・大好きです」

606: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:11:54.04 ID:zsKgrRQUo
今まで言えなかった分を取り戻そうとするように。

それでも、私の”好き”は止まらない・・・止めようが、ない。


気づけば・・・ああ、後から思い出すだけでも、顔から火が出そうです。

私を抱きしめる提督の首に両腕を掛けて・・・自分から、キスをせがみに行ったのです。

607: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:12:23.05 ID:zsKgrRQUo
「んっ・・・提督」


成すがままの状態で、唇を貪られるのではなく。

私の方から、提督の唇に触れてしまいました。


「なっ・・・神通っ・・・ん」
「・・・ていとく、ていとくっ・・・んっ」


さすがの提督も少し驚いたようで、でも・・・喋ることは許してあげません。

今度は私が、提督を貪るのです。

608: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:12:48.52 ID:zsKgrRQUo
そして、私は知りました。

愛の味は、いくら味わっても満たされることはないのだと。


砂漠で一滴の水を飲んだせいで乾きに気づいてしまう様に。

私は狂ったように提督を味わい続けるのでした。


もう戻れない。

提督のことが嫌いだなんて、自分を騙そうとしていたあの頃には、もう。

609: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:13:27.58 ID:zsKgrRQUo
「ひどいです、提督・・・」

息を切らせながら、私は言います。


「あなたのこと、どんどん好きになっちゃいます・・・・・・」


「こんな幸せなこと知ったら、知ってしまったら」

「もう私・・・あなたを失えなくなっちゃう」

610: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:13:54.49 ID:zsKgrRQUo
「俺も一緒だよ、神通・・・お前を失うことなんて出来ない。絶対に沈ませない」


だから、と提督が続けます。

射抜くような鋭い目で見つめられて、宣言されます。


「お前の全ては、俺のものだ」

611: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:14:21.36 ID:zsKgrRQUo
ゾクリ。

冷たい何かが私の中を駆け抜けて、背筋を震わせます。

ゾクゾクする、だけれども身体が・・・熱い。


二律背反する心の動きに、上手く自分が保てません。


何もかもを奪われて、この人のものになる・・・それが。

たまらなく心地よくて、早く、早くこの人に全てを捧げたくなる。

612: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:15:04.12 ID:zsKgrRQUo
「はい、私を・・・あなたのものにしてください」


言った瞬間、またしても私は強く抱きしめられて。

そして次の瞬間、唇を奪われるのです。

613: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:15:31.29 ID:zsKgrRQUo
「ていと・・・きゃっ・・・んんんっ・・・ふぁ!?」


奪われたのは唇だけじゃなくって。

驚いて出た悲鳴がかき消されます・・・提督の口によって。


キスをしながら提督の舌が、私の口の中に侵入して来ました。

乱暴とか、優しくとか・・・そんな手ぬるいキスじゃありません。

614: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:15:58.61 ID:zsKgrRQUo
私の何もかもを味わいつくし、堪能して奪っていく・・・そんな情熱的な、キス。


「だ、だめっ・・・だめ、こんなのだめですっ」


パニックになって、私は提督に懇願します。

奪って欲しいという先ほどの懇願とは、まったく逆のもの。


だって、だって、こんなの。

615: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:16:30.27 ID:zsKgrRQUo
「だめ、だめぇ・・・こんなの、しらないっ・・・んんんっ」


唇と唇の、甘い口づけなら・・・何度も思い描きました。

もちろん、登場人物は提督と・・・私で。ロマンチックな光景を想像して。

何度も、何度も。



でも、こんなの、想像したこともない。

こんなキスがあるなんて、存在すら・・・。



それを、私は今、この人に。

教え込まれているのです。

616: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:17:03.77 ID:zsKgrRQUo
私の脳に、痺れるような甘さと快楽とともに、それが刻まれていくのを感じます。


「ふぁ・・・んっ・・・ちゅっ・・・ふぁぁ・・・」


はあはあと、どんどんお互いの息遣いが荒くなっていくのを感じながら。

少しずつ、私の口のなかで動き回る提督の舌の感触が分かってきました。

いえ、分からされて、きました。

617: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:17:35.66 ID:zsKgrRQUo
入口の・・・唇をなぞられたかと思うと・・・次の瞬間、唇の上下をこじ開けられて口内へ。

再び提督の侵入を許してしまいます。


「いや・・・ひやぁ・・・・・・てい、とく・・・んんっ」

「ひゃ・・・ぁ・・・んんんっ・・・はぁ・・・ぁ・・・」



口では拒否の言葉を放っているくせに。

私の手は力なく提督の胸元に添えられて、ちっとも攻撃を防いでくれません。

作法も何も・・・目を閉じることもできなくて、結局。

蕩けるような顔で提督を見つめてしまって・・・。

618: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:19:02.31 ID:zsKgrRQUo
それが、どんどん提督を調子に乗せてしまうのでした。


「んんんっ・・・ふぁ、んんんっ!?」



口内に入った提督の舌は、それだけでは満足してくれなくて。

ゆっくりと、奥の方から・・・私の歯茎をなぞり始めたのです。



左から、前歯を経由してゆっくりと右の歯へ。

今度は右から左へ、ゆっくり、ゆっくりと、その繰り返し。

619: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:19:29.97 ID:zsKgrRQUo
目に涙を浮かべて、こんなにも私がパニックになっているのに。

提督は私の口の中を貪るのをやめてくれません。



「ふぁ・・・あぁ・・・あぁ」



提督の舌のせいでだらしなく開けられている口からは、お互いの粘液が混ざり合って。

こんないやらしいことをしてしまって、ああ・・・罰が当たらないものでしょうか?

620: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:19:56.55 ID:zsKgrRQUo
「ん・・・ふぁあ、んん・・・ていとく・・・」


そんなことを陶然と考えていると、またしてもいきなり。

私の歯茎を弄んでいた提督の舌が、次の悪戯を始めました。



奥の方で縮こまっていた私の舌を、自分のものと絡ませ始めたのです。

621: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:20:32.34 ID:zsKgrRQUo
「~~~~~~~~っ」


ドロリとした、声も出ない快楽が私を襲います。

提督の舌を噛み切らなかったのは僥倖と言えるでしょう。

無意識に逃げようと一歩引いた分、提督がしっかりと距離を詰めてきて。



「ぷはっ・・・はぁ、はぁ・・・」


口と口が離れたからか・・・二人を繋ぐように、口から粘液の糸が垂れています。

私がどんなにかいやらしいことをしていたのかを見せつけられて。

622: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:20:58.99 ID:zsKgrRQUo
ドッドッドッドッド


心臓が痛い・・・身体がぼぅっと火照ってしまって、思考が働かないです。

こみ上げてくる何かを必死に抑えながら、口を開きます。

・・・・・・もうすっかり、提督と交換されてしまった唾を飲み込みながら。



「こんな・・・こんな、提督、何を?」



じりじりと後ずさろうとする私を優しく追い詰めて・・・逃げることは許されません。

623: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:21:25.04 ID:zsKgrRQUo
「なにって・・・キスして欲しいって言ったのは神通じゃないか」


「わ、私が思っていたのは・・・こういうキスじゃなくって・・・」



ふうん、と提督が鼻を鳴らして・・・いつの間にか私は彼の腕の中に捕まっています。

ああ、またこの顔です・・・。

私に、意地悪する時の、顔。

624: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:23:47.67 ID:zsKgrRQUo
「こういうキス、っていうのは」


「んっ・・・」


ちゅ、っと・・・唇と唇が触れ合って、また離れて。



「これじゃなくて」


今度は、また舌が入って来ます。



「ふぁ・・・あぁ・・・んんんっ・・・ん・・・てい、とく・・・」


「こういうキスのこと?」

625: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:24:41.09 ID:zsKgrRQUo
うんうんと、子供みたいに頷いて意思を伝えます。

そうすれば一先ず、やめてもらえると信じて・・・。


「ん・・・ひぁ・・・んんっ・・・ていとく、てい・・・と・・・んんっ!?」


けれどそんな期待はあっさりと裏切られます。



「どうした、やめるとは言っていないぞ?」


「ふぁ・・・だって、だってだって・・・んっ」

626: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:25:13.14 ID:zsKgrRQUo
涙目でする懇願をやっと受け入れてくれたのか、私はしばらく開放されます。

そうして今度は、甘く・・・ゆったりと抱きしめられて、頭を撫でてもらいます。


そう、私はこれだけでも幸せ。

でも・・・そうして優しくしたあと、決まってこの人は。



「じゃあさ、神通。選んでもいいよ」


決まってまた私に、意地悪するのです。

627: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:26:39.80 ID:zsKgrRQUo
「な、何を・・・」


おそるおそる問いただします。


「どっちのキスをしたいか」


ああ、私は。


「今から俺は、お前が選んだ方のキスしかしないから」



悪魔に魅入られてしまった。

628: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:27:07.96 ID:zsKgrRQUo
「そんなの・・・・・・ずるいです・・・・・・」


「ん?なにが?」


分かっているくせに。

分かっているくせに、分かっているくせに!



「選ばなかった方は・・・どうなるんですか?」


「今日は二度としない」

629: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:27:34.34 ID:zsKgrRQUo
つまり、唇だけの方を選べば・・・・・・そう、私が戸惑うことはありません。

キスをした、というだけで私たちの関係は大進歩なんですから。

激しい方のキスは、また今度・・・心の用意が出来た時にすればいい。




・・・・・・でも、でも、でも。

630: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:29:59.11 ID:zsKgrRQUo
答えられず悩む私の髪をかき分けて。

耳元でこう囁かれます。


「さあ、どっちがいい?」


なんてずるい人なんでしょう。

こんなの・・・私が選ぶ答えは・・・。

631: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:30:26.16 ID:zsKgrRQUo
【提督side】


唇だけの方、と答えれば話は早いのに。


神通の顔には困惑と期待の色が浮かんでいて・・・それがさらに俺の嗜虐心を煽るのだ。

632: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:31:17.84 ID:zsKgrRQUo
撫でた頬が熱い。

今は耳まで真っ赤に染まっていて、照れた顔を隠そうと懸命に下を向こうとしている。

そんなに可愛い仕草をするから・・・。

俺みたいなのに目をつけられるんだ。



「さあ、どっちがいい?」



耳元で囁く。

追い詰められた彼女は、素早く顔を上げて・・・。

633: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:32:23.30 ID:zsKgrRQUo
「なっ・・・!?」


拙いキスだった。

神通は俺の唇を奪ったあと、チロっと自分の舌を俺の口内に差し入れて。

僅かに俺の舌と神通の舌が触れ合う。



「はぁ・・・はぁ」


潤んだ瞳に顔をすっかり上気させて。

口で荒い呼吸、舌を突き出したまま俺を見上げてくる神通を見やる。

634: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:33:15.34 ID:zsKgrRQUo
ゾクリ、とした。

目の前の女の子の全てを自分のモノにしたいという欲望が抑えられない。




「どっちを選んだか・・・分かりましたか?」


俺を誘うような神通の挑戦的な言い方に、タガが外れた。


後悔するほどのキスを、教えてやる。

635: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:35:52.93 ID:zsKgrRQUo
【神通side】


「んんんっ・・・はぁ」


さっきまでのどのキスよりも乱暴に、提督の舌が侵入してきます。

今までは、なんだかんだ言って手加減されていたんだなと思うと。

彼の優しさを感じられて、乱暴にされているというのに私は幸せでした。


もうすっかり提督に毒されているみたいです。

636: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:36:20.21 ID:zsKgrRQUo
蕩けるようなキスに恍惚としていると。


「ひゃぅ・・・ふぁ・・・ふぁぁあんっ!?」


キスをして、私の舌を貪りながら提督の手が・・・私の背筋をなで上げます。

驚きの声を上げようとする私の口は塞がれていて、何の役にも立ちません。

637: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:36:47.03 ID:zsKgrRQUo
「んんっ・・・んんんっ・・・!」


どんどんと提督の胸元を叩いて抗議しますが、そんなことで辞める訳もなく。


「ひゃ・・・あぁぁ・・・あ、んっ・・・」


撫で上げた手がまた下がり、また上がって・・・。

執拗に背筋が撫でられる度に、快感が走ります。

638: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:39:12.98 ID:zsKgrRQUo
「ふぁ・・・あぁぁ・・・んんっ」


背筋を撫でていた提督の指が首筋へ。

微妙なソフトタッチがもどかしくって、もう・・・どうしたらいいか分かりません。



「気持ちいい?」


提督の問いにはしたなくも頷いてしまって、もう餌をねだる雛の様です。

639: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:39:39.25 ID:zsKgrRQUo
「じゃあもっと気持ちよくしよう」


提督の指が私のうなじから耳を撫でた途端。


「ひゃぅ」


限界に近づいていた私の足は力を失って・・・。

提督の胸に身体の全てを預けてしまうのでしいた。

640: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:40:05.15 ID:zsKgrRQUo
腰に手を回されて抱きしめられるかたちで。

私は体ごと提督に引き寄せられます。



「舌、絡めてみて」



一方的に貪られるほうから、貪り合う立ち位置まで。

要求された通りに、私に侵入してくる提督の舌に、自身の舌を絡めていきます。

641: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:40:54.23 ID:zsKgrRQUo
ドロリ。

味わったそれは、今までとは明らかに違う・・・いやらしい喜びを私の身体に刻みます。

それが、提督となら・・・全然嫌じゃない・・・むしろ嬉しいことも思い知りながら。



「あ、んっ・・・んんっ・・・んんん、提督」

「神通・・・」



名前を呼ばれながらキスをして。

ますます私の思考は蕩けていきます。

642: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:42:10.82 ID:zsKgrRQUo
【提督side】


夢中で神通を貪る。

恍惚の表情で”次”を期待している表情を見ると、もう止まらない。



背筋から指を首筋、うなじへと移すと・・・きめ細やかな素肌に触れることになり・・・・。

それがいっそう俺の興奮を誘っていた。

643: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:42:55.61 ID:zsKgrRQUo
「神通、好きだ」

「私もです、好き、好きすぎて死んでしまいそうです」



「死んでもらっちゃ、困る」

「はっ・・・んんっ・・・ふぁ・・・ひゃぅ!?」



舌を絡めるたびに色っぽい吐息が。

首筋や耳を撫でるたびに歓喜の悲鳴が神通上がるのを聞くのがやめられない。

ドス黒い欲望。

644: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:43:21.43 ID:zsKgrRQUo
「提督、てい・・・とくっ」

「んんっ」


俺の攻めが静まるのを感じてか、再び神通の攻勢が始まる。

神通の方からキスされ、舌を差し出され・・・自分が動かなくなった分、いくらか視界が広がる。

645: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:43:48.19 ID:zsKgrRQUo
・・・っと、視界の端に赤いものがチラリと見えた気がした。

神通とのキスを続けながらさりげなく目を向けると。


「・・・・・・・・・」


迫る夕闇によく馴染む漆黒の髪を揺らしながら。

身につけた艤装と同じく顔を真っ赤に染めた川内が。

俺と神通の様子を見つめていた。

646: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:44:16.55 ID:zsKgrRQUo
川内と俺の視線が合う。

気まずそうにこちらを見ている川内の顔。


「んっ・・・ていとく?」


俺の動きが緩んだのを不思議に思ったのか、神通が声をかけてくる。

俺の方を向いているせいで、彼女は背後で姉が見ていることに気づいていない。

647: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:46:20.13 ID:zsKgrRQUo
もう一度、チラリと川内に視線をやって、俺は心の中でつぶやく。

いいさ、そんなに見たいのなら・・・見せつけてやる。

どうせ、火が点いた俺たちは止まりやしないんだから。



惚けた神通に、無理矢理舌を差し入れる。

648: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:48:26.30 ID:zsKgrRQUo
「ひゃぅ・・・んんっ・・・てい、とく・・・急に・・・んんっ」


またも漏れ出る神通の吐息と。


「・・・・・・・・・・・・っ!」



声もなく悲鳴を上げて、その場に立ち尽くす川内。

妹の様子を見て両手を口に手を当てる仕草が、普段にはなく女の子らしい。

お前も、俺とキスしているときはこんななんだぞ、と教えるように。


姉の目の前で、妹を貪り尽くす。

649: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:49:07.97 ID:zsKgrRQUo
「んんっ・・・あぁ、ていとく、ていとく・・・私・・・ふぁ」


舌と舌をお互い激しく絡ませて。


「いや、いやぁ・・・ひゃうん・・・っ」


髪、首筋、うなじ、耳元から頬。

神通の全てに触れていく。

650: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:49:35.15 ID:zsKgrRQUo
そして。


「や、やっ・・・・・・駄目ですっ」


両腕を俺の首に絡ませているため、空いている神通の脇を撫でかけた途端。

今まで恍惚としていた神通から、焦ったような、明確な拒否の声があがる。

651: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:50:00.58 ID:zsKgrRQUo
「なんで?」

「そ、それは・・・」


慌てて両脇を締めようとするのを許さずに、俺は問いかける。

髪も首筋も耳元も頬も・・・キスさえ許しているのに、ここだけ慌てるなんて。

それがなんだかおかしくって笑ってしまう。

652: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:50:37.22 ID:zsKgrRQUo
「ここだけ駄目だなんて、なんでだい。キスの方が恥ずかしいだろう?」

「た、確かに・・・でも何故でしょう・・・胸が、近いからでしょうか」



思わず俺の視線が神通の胸元へと向かうのを感じてか。

言ってしまってから神通は、しまったという顔をした。

653: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:52:26.36 ID:zsKgrRQUo
【神通side】


言ってしまってから、しまったと思いました。

提督の視線が、私の胸元へと移動するのが分かります。



私より背の高い提督から見ればどうしても、襟の隙間が覗ける立ち位置にいて。

今日のブラウスは少し古風なデザインだから・・・・・・。

一番上までボタンが止められて、下着が見えることはないはず・・・です・・・けれど。



思わず私は自分で自分の肩を抱いて、身体を隠すように縮こまります。

654: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:52:57.16 ID:zsKgrRQUo
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

「・・・・・・だって、視線が・・・いやらしいです」


う、っと声を詰まらせる提督。

それは図星だからでしょうか。

655: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:53:35.72 ID:zsKgrRQUo
「嫌だったか?」


本心は・・・例え好きな人だろうと、まだ胸は、怖い・・・・・・。


でも、そう言ってしまったら。今更そう言ってしまったら、嫌われてしまうかも・・・。



川内姉さんも、天龍さんや龍田さん、夕張さん、叢雲も・・・・・・。

鎮守府には私よりも魅力的で、素敵な女性がたくさんいます。

そして、彼女たちも少なからず・・・あるいはすごく、提督のことを慕っています。

656: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:54:02.11 ID:zsKgrRQUo
もう、私は提督なしでは生きていけないんです・・・だから。

意を決して、提督を受け入れる言葉を口にしようとした瞬間。



「すまん、まだ早かったな・・・焦りすぎた」

「あの、提督・・・私嫌じゃないですから・・・いいです、大丈夫です」



失点を挽回しようと焦る私の頭を優しく撫でてくれて。

657: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:54:28.01 ID:zsKgrRQUo
「いいんだ、怖がらせてごめん。少しずつ、ゆっくり慣れていこう」



意地悪したくせに、その後は決まって、私に優しくしてくれるのでした。

本当に、本当にずるいひと。

こんなひとだから、ますます・・・好きになっていってしまう・・・。

658: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:56:22.72 ID:zsKgrRQUo
「こんなに優しくされたら、私・・・どんどん好きになっちゃいます・・・」

「ああ、なってくれ」


もうしないと言ったはずの、唇だけのキスをして。

提督はゆっくりと、私を抱きしめます。


「あっ・・・・・・んんっ・・・」

659: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:56:49.28 ID:zsKgrRQUo
続いて、舌を絡めたキスと同時に提督の手が私の背筋を撫で始めます。

続いて指が首筋・・・うなじ、耳元へ。

優しさに包まれながらキスされる私は、またしても蕩けていきます。



手のひらで頬を撫でられたときは、嬉しさで涙が出そうになりました。

660: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:57:21.42 ID:zsKgrRQUo
提督の手がそのまま、今度は私の肩へ下降していきます。

強く抱きしめられて、釣られてキスも強く、激しくなって。


「んんっ・・・ふぁ、提督・・・激しいです・・・んんんっ、はぁ・・・」


でも、その手が肩から下・・・脇と胸元にさしかかると。

またしても私はピクリと硬直してしまって。

661: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:57:52.90 ID:zsKgrRQUo
「ん、ちゅ・・・・・・んんっ」


それをフォローするように提督は、私の髪を撫でて、優しいキスをしてくれました。

今までで一番、愛されてる。大事にされているという感覚が私の中に広がっていきます。



もう一度、提督の手が背筋を下って行きます。


「ん、ていとく・・・ふぁ・・・いいです、来て、ください・・・あぁ」


今度は優しくなくて、くすぐる様に、私を嬲るように指が背筋を下っていって。

キスが激しくなって・・・・・・両腕で、腰を抱かれます。

662: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:58:19.34 ID:zsKgrRQUo
提督の手が、さらにその下・・・私の腿の方へ行きたがっているのを感じ取れて。

腰だって、その先だって・・・胸と同じくらい・・・いえ、それ以上にこわい。

でも、しばらく提督の手は私の腰を掴んだまま動きません。



「んっ、はぁ・・・・・・提督・・・んん・・・提督?」

「大丈夫?」

663: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 14:58:59.54 ID:zsKgrRQUo
提督は優しく・・・私がどこまで”許せる”のかをはかろうとしているようでした。

こわい。

さっきはそれで、やめてもらいました。



「ふぁ・・・ていとく、ていとく・・・んんっ、好きです。好き、好きぃ・・・」


でも今は。こわいけれど、今は。

好きな人に、こんなに優しくされてしまったら・・・・・・。

なんでも、許してしまえそうでした。



このひととなら、どこまで堕ちてしまってもいい。

664: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:02:02.58 ID:zsKgrRQUo
「ひゃぅ・・・んんっ、ていとく・・・私、提督のことが好きだから・・・」


「だから、いいです・・・んんっ・・・提督の好きなように・・・して、ください」


不安と期待と、恐怖と快楽と。

その全てがごちゃまぜになったまま、私は次の愛を提督にねだるのでした。

665: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:02:44.43 ID:zsKgrRQUo
提督がゴクリ、と唾を飲み込むのが分かります。

こんな私に、欲情してくれているのでしょうか。


もしもそうなら、たまらなく、嬉しい。

さっきまで、あんなにこわがっていたくせに。

666: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:04:04.36 ID:zsKgrRQUo
今の私は、提督にどんなことだってして欲しいとさえ思えました。

だから、提督の手が腰から下へ・・・伸びて行くのを感じて。



提督の手が、スカートの裾とその奥の・・・私の太ももへと差し掛かった瞬間・・・。


「だ、だ、っだ、だめええええええええ!」


私とよく似た・・・でも、私の声より少し高い悲鳴が、後ろから聞こえてきました。

667: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:04:44.12 ID:zsKgrRQUo
【提督side】


見せつけるつもりだったけれど、夢中になって途中からすっかり忘れていた。

川内が、ずっと俺たちのキスを見ていたことを。



「ね、姉さん!?」

「だ、だめだめだめ、そういうのはまだ・・・そう、まだ早いんだから!」



川内も神通もすっかり動転しているようで、会話が成り立たない。

668: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:05:11.41 ID:zsKgrRQUo
「まったく、今日は神通を立ち直らせるって言ってたろう、無粋だな」

「立ち直らせるとは言ってたけど、キスするなんて言ってないでしょ!」



「キ・・・はぅ・・・川内姉さん、どこから見て・・・・・・」

「え、あの・・・・・・」



もじもじと真っ赤な顔のまま、川内が言いづらそうに。

669: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:05:50.03 ID:zsKgrRQUo
「まだ帰っちゃ駄目です、のあたりから・・・」

「~~~~~~~~~~っ!」



・・・・・・最初じゃねーか。それにしてもバカ正直な。

恥ずかしさのあまり、神通が死にそうな顔になっている。

倒れそうになる神通を優しく抱くと。



「ちょ、ちょっと!まだ続ける気!?」

「そんなわけないだろ・・・・・・」


ますますヒートアップしていく川内は止まらない。

670: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:07:20.12 ID:zsKgrRQUo
「大体なによ、私に気づいたあとも神通とイチャイチャしてさ!見せつけるみたいに!」

「えっ・・・・・・提督!?」


「だって、見せつけていたしな」

「そんな・・・私にも教えてくれれば」


いや、教えたら確実にそこで終わるだろう。

671: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:07:46.43 ID:zsKgrRQUo
「キス、途中でやめたかったか?」

「そ、それは・・・・・・」


沈黙がなによりもはっきりとした肯定となって返ってくる。


「ちょっと、何二人だけの世界に入ってるの!」


ぶーぶーとやかましく文句を言う川内。

おや、これは。

672: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:08:25.23 ID:zsKgrRQUo
「もしかして神通に嫉妬してる?」

「なっ・・・・・・」


こちらも沈黙。

図星か、ふぅん・・・なるほどね。


ニヤニヤと笑いながら。

673: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:08:52.13 ID:zsKgrRQUo
「安心しろ神通。川内もキスする時はこんなもんだ」

「やっ・・・・・・ちょ、なんでばらすの、ばか!」



「そう、なんですか」

「ああ」



軽くからかったつもりだったけれど。

674: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:09:56.07 ID:zsKgrRQUo
「キス、したんですか」

「へ?」



踏んでしまったみたいだ。

俺の横から、神通の・・・底冷えするような、声。



「”川内姉さんとも”キス、したんですね、提督?」


ニッコリと笑ったそれは、天使のような微笑みで。

噛み締めるように事実を問いただす・・・それが何よりも恐ろしい。

675: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:10:45.12 ID:zsKgrRQUo
前に一緒に出かけた時に、神通には俺の計画を話している。

そして神通以外の艦娘とは親密に話すようになっていたから、知っていると思っていた。

事実、勘付いてはいたのだろうけれど、今言葉にしたのは・・・失敗だった。



「いや、その・・・今日はもちろん、していないぞ?」

「当然です、私と結ばれるその日に他の娘とキスしてたなんて・・・もしそうだったら」



ゴクリ。

さっきとは違う意味で唾を飲み込む。

676: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:11:10.61 ID:zsKgrRQUo
「もし、そうだったら?」

「ふふ、聞きたいですか?」



力なく首を振る。

さっきまでこの娘の全てを貪って、自分のものにしたつもりだったけれど。

これじゃどっちがどっちのものか、分かりやしない。

677: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:12:36.31 ID:zsKgrRQUo
「まったく、とんでもない娘を好きになったもんだ」

「ふふ、気付かなかったんですか」


まさか、と薄く笑う。


「むぅぅ・・・」

俺たちを見て、面白くなさそうにする川内に。


「川内姉さん」
「は、はいっ」


神通が一歩、川内へと近づく・・・その背中を見て。

ああ、この娘はもう、大丈夫だと・・・。

そう、思った。

678: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:13:10.29 ID:zsKgrRQUo
「姉さんも、提督のこと・・・好きですか」

「えっ・・・・・・あ・・・・」


うん、と川内。

頷くときに俺の反応をチラリと見るのが女の子らしい。



「私もです」

「艦娘として、そして・・・一人の女の子として提督が、好きです」



だから、と神通は続ける。

679: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:13:43.36 ID:zsKgrRQUo
「だからもう、私は兵器なんかじゃありません」


背中越しなのが残念だなと思った。

そう言い切った神通はきっと。

とても澄み切った、最高の笑顔を浮かべているだろうから。



「そっか・・・そっか。良かった」



姉妹が抱き合う、仲直りの瞬間。

680: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:14:08.63 ID:zsKgrRQUo
でも、仲直りができたからこそ・・・始まる関係もある。


「でも、川内ねえさん」

「へ、まだなんかあんの?」



川内の間の抜けた反応にはい、と短く返事をして。

ツカツカと、神通が俺のもとへ歩いてくる。

そして。

681: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:14:34.69 ID:zsKgrRQUo
ちゅっ


「は?」
「え?」


目を閉じて、踵を上げて。

完璧な作法を実践しながら。



神通が俺の頬に、口づけてみせた。

682: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:16:27.85 ID:zsKgrRQUo
「提督は私のものですから・・・・・・川内姉さんだろうと渡しません」


初めて見るいたずらな、女の子の笑顔を見せながら。


「それでは提督、ありがとうございました」

「お、おう」


顔は赤いままで、それでも精一杯、淑女の微笑みを保ってみせた。

683: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:17:03.28 ID:zsKgrRQUo
「今日はこれで。失礼します」

「川内姉さんも、またあとで」


「あ、う・・・うん」


艦娘ではなくて、女の子の走り方で、神通が駆け出していく。


「じ、神通っ!?」


カッカッカッカッカ。

ミュールの踵が石畳を叩いて、俺の呼びかけをかき消していく。

まるで、初めて会った時のように。

684: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:17:36.88 ID:zsKgrRQUo
あの日と違うのは、ただ一つ。

取り残されたのが俺だけじゃなくって。



「なっ、なっ、なっ・・・」

完全に妹にしてやられて、呆然としている姉も一緒にいるということ。

685: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:18:02.94 ID:zsKgrRQUo
最後の最後で。


「やられた・・・・・・・・・」


本当に、これじゃどちらが惚れさせたか分からない。

だから、ますます、好きになっていくんだ・・・神通のことを。


そして。

686: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:18:38.58 ID:zsKgrRQUo
「俺たちも帰るぞ」

「え、あっ・・・・・・うん」


急に俺と二人きりなのを意識しだしたのか・・・・・・。

落ち着かない川内を見て、俺は妙に落ち着いてしまう。



「今日は神通と結ばれた日だからな・・・お前とはキス出来ないぞ?」

「何言ってるの、当たり前じゃない!」



ほう、当たり前か。

少し期待して、チラチラとせわしなく俺を見ていたくせに。

687: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:19:12.39 ID:zsKgrRQUo
「う~ん、せがまれたら我慢出来たか怪しいけど。分かってるならいいよ」
「えっ」

揺れる川内の表情を堪能して。

俺がニヤついているのに気づいたのだろう。


「あ、提督・・・私をからかったでしょ!?」

「隙を見せるのが悪い」



川内を手玉に取って、少し自信を取り戻して。

688: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:19:47.53 ID:zsKgrRQUo
「馬鹿・・・」


恨みがましくこちらを睨んでくる川内にくすりと笑って。


「さあ、明日から出撃だ」


一言そう呟いて俺は。

神通が走っていった先へ・・・鎮守府へと続く道を歩き出したのだった。

689: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 15:22:23.48 ID:zsKgrRQUo
ここで終わったほうが区切りがいいような気がするのですが、終章としてもう少し書かせて頂きます。
どうせもう長いのは変わらないし、やりたいことやったほうがいいからね、ちかたないね。

いずれにしろ今日中に投稿は出来そうです、よろしくお願いします。

694: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:31:42.64 ID:zsKgrRQUo
さて、これで一気に最後まで行きます

695: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:32:09.06 ID:zsKgrRQUo
【神通side】


そして、決戦の日。


朝から雲一つない晴天で、波も穏やかでした。

鎮守府は快進撃を続け、海域の敵旗艦の場所も明らかにしています。

後は、倒すだけ。

696: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:32:34.43 ID:zsKgrRQUo
天龍さんの第一艦隊は2時間ほど前に出撃しています。

敵のボスを倒す道のりを開けるために、私たち第二艦隊より早めに出撃したのです。


これから戦場に向かうとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべて。

私は執務室の扉をノックして、入室します。

697: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:33:07.69 ID:zsKgrRQUo
「軽巡洋艦、神通。出撃の指示を頂きたく参りました」


「おかしいな、旗艦は川内のはずだが?」


おどけた表情で提督が私を迎え入れます。

そう、提督の言葉通り・・・まだ私は旗艦の任を解かれたままです。

698: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:33:34.11 ID:zsKgrRQUo
私が立ち直った翌日・・・。

提督が私を旗艦へと戻そうとしたのを、私自身が止めたから。

戦う理由を、ちゃんと決めてから拝命したいと。



「ここに来たということは、決まったのかな?」


はい、と短く返事をして宣言します。

私なりの答えを、今ここで。

699: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:34:02.14 ID:zsKgrRQUo
私が戦う理由・・・それは。


「あなたのために」


「おいおい・・・・・・」


それは以前、提督に跳ね除けられた答え。

ただただ、縋る相手として提督を選びんだというだけの、不誠実な答え。

700: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:34:29.79 ID:zsKgrRQUo
「そして」


あの日の不完全だった答えに、もう一つ付け足します。


「あなたが好きな、私のために」


提督の目が見開かれます。

でも、まだ。

まだ、あるんです、提督。

701: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:35:05.80 ID:zsKgrRQUo
「そして、私が好きな、全ての人たちを守るために」


「私はこれからも戦います」



ふう、と短くため息をついて、提督が答えます。



「やられたよ」


そうして、私のところまで来て。


「軽巡洋艦:神通。君を第二艦隊の旗艦に任命する」

「拝命致します」

702: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:35:32.99 ID:zsKgrRQUo
敬礼が交わされたあとは、上官と部下の時間は終わり。


「よく、答えを見つけてくれた」


出撃までの残った時間は、恋人の時間です。

那珂ちゃん、私はいま、幸せだよ。



心の中で妹にも、静かに語りかけて。

今、目の前の愛しい人を見上げます。

703: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:35:58.61 ID:zsKgrRQUo
丁度、提督も私のことを見つめていて、上目遣いの私と視線が合いました。

可愛らしく小首をかしげてみると、提督がちょっとたじろくのが分かります。



女の子っぽい仕草をするのは恥ずかしいですけれど。

こうすると、提督はちょっと照れるのです。



出撃と演習のことしか考えてこなかった私が。

この人の照れた顔を見たくって、随分と茶目っ気が出てきたように思えます。

704: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:36:41.68 ID:zsKgrRQUo
だから、簡単に私を捧げてあげたりなんか、してあげない。


気恥ずかしさを誤魔化すためか、口づけようとした提督の唇に指を立てて。



「天龍さんとも、同じ様にキスしたんですか?」

「うっ・・・それを言われると・・・」

705: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:37:09.97 ID:zsKgrRQUo
イタズラっぽく問いかけると、彼は返事に詰まってしまいました。

自分で私たちを落としたくせに、それを負い目に感じるお人好し。



なんてずるくって。

なんて不器用な人なんでしょう。

706: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:39:08.13 ID:zsKgrRQUo
余裕ぶっているけれど、この人の本質は。

初めて街で会った時に会った時に見せてくれた、素朴で純粋な工員さんなのです。

それを知っているのは、鎮守府で私だけ。

少し・・・優越感を抱いて。



ちょっとだけ、意地悪しちゃいます。

707: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:39:39.32 ID:zsKgrRQUo
「提督?天龍さんとキス、したんですか?」


「はい」


観念するように提督が短く返事をして。

それをどう料理するかは、私の裁量次第です。


「他の娘とキスした後に、私とキスしようとしたんですか?」


「それは・・・すまないとしか」


今日は私が優位に立てたようですから、それを最大限利用します。

・・・・・・この間は川内姉さんと一緒に、好きなようにされてしまいましたから尚更です。

708: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:40:40.61 ID:zsKgrRQUo
「じゃあ罰として今は、キスしてあげません」


なんだか犬がしょげているみたいで可愛いです。

・・・・・・もっと意地悪しちゃいたくなりました。



「海域を攻略して、私が帰投してきたら・・・真っ先にキス、してください」


「お前それ、艦隊の他の娘たちもいるだろう!」


みんなの前で、私は俺のものだ、と宣言して欲しくて。

709: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:41:13.74 ID:zsKgrRQUo
「ふふ、知りません」

そう答えちゃいます。



「そろそろ時間です、行ってきますね」

「あ、おい」


提督の腕の合間をするりと抜けて、私は執務室を後にしました。

あの人に初めて意地悪できたドキドキを、大切に胸にしまいこんで。

710: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:41:40.07 ID:zsKgrRQUo
艦隊を率いて出撃します。


今までになく身体が軽い。

それは艤装の効果でも、訓練の成果でもなく・・・。


本当にこれが、恋の・・・力のなのでしょうか?


振り向かずとも旗下の艦娘たちの状態が分かります。

まもなく主戦場・・・天龍さんたち第一艦隊の戦況報告を不知火が読み上げます。

711: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:42:06.26 ID:zsKgrRQUo
「道中の敵を片付けてボスの取り巻きを倒しにかかった、とのことです」


艦隊におお、というどよめきが生まれます。

かつて無いほど好調に戦いが推移しています。


「これなら私たちの全力を、敵のボスにぶつけれます」

「でも皆さん、油断はしないで」



応、という掛け声のもと。

艦隊がひとつの獣となってまとまっていきます。

712: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:43:00.35 ID:zsKgrRQUo
第一艦隊が見えてきました。


「天龍さん!」


「神通、後は頼んだぜ」


「お願いね~」



天龍さんも龍田さんも中破状態・・・戦闘の激しさが垣間見えます。

ですがそれよりも、私は彼女たちが上げた戦果に目を見張ります。

713: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:43:54.65 ID:zsKgrRQUo
海域に残った敵艦隊は・・・。


ボスである重巡リ級・・・私たちがflagshipと呼ぶ強固な個体以外の取り巻きが。

あるものは黒煙をあげながら、またあるものは音もなく。

次々と海の底へと沈んでいくところだったからです。



「へへ、雑魚どもは全部沈めといてやったからよ」


この強さは・・・これもまた、恋の力なのでしょうか?

714: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:44:26.28 ID:zsKgrRQUo
「無茶しすぎです、天龍さん」


「あのな、おめーに言われたくはねーよ」



これまでの私の無鉄砲を茶化す天龍さんに、私もひとこと。



「女の子言葉、使わなくっていいんですか?」

「あ、あれはお前なんかの前じゃ使わないんだっ・・・くそ!」


傷ついた天龍艦隊を後ろに下げるため、艦隊を動かしながら。

私たちはしばしの間、言葉を重ねました。

715: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:44:53.31 ID:zsKgrRQUo
「お前、面白いこと言えるようになったじゃないか」

「天龍さんも随分、女の子らしくなりました」


「後は任せたぜ」

「はい、きっと」



天龍さんの第一艦隊が無事、撤退していきます。

716: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:45:20.48 ID:zsKgrRQUo
後は、こちらに憎しみの視線を向けている敵重巡に、第二艦隊の全力をぶつけるだけ。

それでこの海域攻略は、成る。


「神通、覚悟はいいわね」


隣から来る川内姉さんからの声にはい、と返事して。
戦闘開始の号令をかけます。


「神通水雷戦隊、これより海域攻略戦へと突入します」


天高く突き上げた腕を振り下ろして。


「突撃」


戦いの火ぶたが切って下ろされました。

717: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:46:02.43 ID:zsKgrRQUo
晴れ渡る空のもと、戦闘は佳境を迎えています。


陽炎と曙の主砲が放った弾丸が炸裂。

敵の注意を引付けた瞬間を、私は見逃しません。

行ける、と思いました。

718: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:46:40.59 ID:zsKgrRQUo
「川内姉さん、潮は援護射撃、突撃をかけます!」

「えぇ、無茶です」


潮が悲鳴を上げるころにはもう、私は駆け出していました。



「もう、そういうところは変わってないんだから!」


川内姉さんのお叱りは後で受けるとしましょう、旗艦は私です。

719: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:47:09.80 ID:zsKgrRQUo
随伴艦もなく、陽炎と曙に釘付けの敵重巡が私の接近に気付いた時には。


「もう、遅いです」


突撃前に放っていた私の魚雷が、深海棲艦の前で爆発します。
直撃はしませんでしたが、敵の態勢が崩れたところを私が肉薄して。


「終わりです」


突きつけた私の主砲が、敵を零距離から粉砕しました。

720: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:47:45.19 ID:zsKgrRQUo
呪詛の雄たけびを上げながら。

私を呪い殺さんばかりに睨みながら、敵重巡が沈んでいきます。



その、意味するところは。



・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。



海域、攻略。

721: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:48:14.27 ID:zsKgrRQUo
その事実を、すぐには受け入れられなくって。

私たちは集合することもなく、その場にへたり込んでしまいました。



突撃をかけたせいで、私一人が艦隊から突出したかたちです。

陣形も何もありませんが、もはや問題ないでしょう。

722: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:49:58.36 ID:zsKgrRQUo
艦隊の仲間たちを見やります。


「やった、やったわ!」

「ちょっと、引っ付くなうっとおしい!」


深海棲艦の注意を引付けていた二人は・・・陽炎が曙に抱き付いています。

照れる曙と、しつこくまとわりつく陽炎を遠目に、反対側を見ると。

723: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:50:25.33 ID:zsKgrRQUo
「陽炎・・・騒ぎすぎです・・・」

「あ、あぁ・・・やり、ました・・・」

「やった、やったぞ~!」



不知火が曙をうらやましそうに見ていて。

そのすぐ後ろで、泣き出した潮を川内姉さんが抱きしめています。

724: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:51:02.38 ID:zsKgrRQUo
対して自分はというと・・・。
敵重巡を沈めたとき、引き換えにくらった一撃で大破状態となりました。


それでも、終わった。
これからも続く、長い長い戦いの一区切りがついた。


誰もがそう、油断したころに。

それは起きました。

725: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:51:59.09 ID:zsKgrRQUo
突然、視界が真っ白に染まります。

晴れ渡っていた空はいつの間にかどこかへ行っていて。


「何、これ!?」


遠くで陽炎たちの悲鳴が聞こえてきます。

726: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:52:24.91 ID:zsKgrRQUo
「霧が・・・」

「なんで、こんな時に・・・!?」


川内姉さんの声は、あの日の記憶を再現したかのよう。


「・・・・・・・・・っ」


吐きそうになるのを辛うじて堪えます。

乗り越えたと思っても、あの日の記憶の再現は私を動揺させるのに十分です。

727: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:52:52.12 ID:zsKgrRQUo
ユラリ、と。
白い靄の中、私の目の前で影が動きました。


川内姉さんでも陽炎でも不知火でも・・・曙や潮でもありえない位置。

味方でないとしたら、それは・・・・・・。


「敵艦見ゆ・・・・・・皆さん、逃げて!」


声を張り上げます。

728: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:53:31.50 ID:zsKgrRQUo
「神通!?ねぇ、神通どうしたの!?」

「神通さんって今、大破状態じゃ!?」

「どこにいるんですか、今助けに――」



「逃げて下さい!」



残弾はゼロに近く、みな一様に負傷しています。

この状態のままもう一戦すれば、確実に轟沈者が出るでしょう・・・・・・。

729: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:54:19.26 ID:zsKgrRQUo
「各自、霧の外を目指して退却して」


「川内さん!?」


「そんな、何か方法が・・・」


「早くっ!」



川内姉さんが苦渋の決断を下し、その後は誰もが音を発しません。

それはあの日、私が下した決断と全く同じもので。

730: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:54:46.20 ID:zsKgrRQUo
川内姉さんは苦しむでしょう。

私の様に・・・あの時、別の決断を下していればと。

でも、大丈夫・・・・・・川内姉さんは私の様に壊れない。

提督という寄り添う存在が、もうすでにいるのだから。



それでも。

悔いは残ります。

731: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:55:13.86 ID:zsKgrRQUo
「せっかく、兵器じゃないって思えるようになったのに」

「せっかく、愛する人ができたのに」


涙が溢れてきます。

これから、妹と同じ所へ行くというのに。

少し前であればそれが、当たり前のことだと思っていたのに。



今はそれが、悲しくて仕方ない。

732: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:55:46.43 ID:zsKgrRQUo
「もっとあの人と一緒にいたかったな」


艤装の損傷が激しいのか、身体が上手く動きません。

敵艦が目と鼻の先に立つのを、雰囲気で感じ取ります。



せめて、私を沈める敵を。

私と愛する人の絆を断つモノを一目みてやろうと思って、私は顔を上げます。

733: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:56:13.46 ID:zsKgrRQUo
そして。



「え・・・・・・・・・」



思っていたのとは違う衝撃が、傷ついた身体を駆け巡るのでした。

734: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:56:59.28 ID:zsKgrRQUo
病的な青白い素肌に、黒い艤装のコントラスト。

瞳は私たちへの憎しみの炎を、これまた青白く照らしていて。



紛れもない深海棲艦の姿をしたその存在を、それでも私は。


「那珂、ちゃん・・・・・・?」

735: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 21:57:46.50 ID:zsKgrRQUo
そう、それでも私はその深海棲艦を・・・。

沈んだはずの妹だと認識したのでした。

眼に溢れた涙が、思いもよらない理由で頬を伝います。


「・・・・・・・・・」


私の声に応えるでもなく、さりとて私を沈めようとするでもなく。

彼女はただ静かに、私を見下ろしていました。

736: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:00:32.20 ID:zsKgrRQUo
「那珂ちゃん、なんでしょう?」


必死に呼びかけます。


「私よ、神通よ・・・私が分かる?」

「・・・・・・・・・」


表情も変わらず、みじろきもせず、ただ静かにそこにいて。

そうしている間にも霧が少しずつ晴れてきて・・・。

彼女の全身が段々はっきりと見えてきました。

737: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:01:03.46 ID:zsKgrRQUo
それと同時に、背後から味方の声が聞こえてきます。


「神通、神通・・・どこ!?」


視界の回復を待たずに、艦隊を纏めた川内姉さんたちが進軍してきた様です。

援軍の気配を感じ取ったのか、彼女はくるり私に背を向けて立ち去ろうとします。

738: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:01:48.61 ID:zsKgrRQUo
「那珂ちゃん!」

そうして踏み出した一歩を、私の叫びが押しとどめて。


「どうすれば、また会えるの。どうすれば、あなたを救えるの?」


尚も妹に話しかけます。



「ススンデコイ・・・ソノ、サキニ」

739: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:03:18.20 ID:zsKgrRQUo
振り返りもせず彼女は。

そのつぶやきだけを残して、霧の向こうへと消えていきました。


「進んでこい、か・・・その先にあなたがいるのなら、私は」


決意を新たに、彼女が消えたその先を。

私は静かに見つめるのでした。

740: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:04:10.53 ID:zsKgrRQUo
「神通、神通神通・・・良かった、良かったよお・・・・・・っ!」


霧が完全に晴れて。
私は無事、川内姉さん率いる艦隊に保護されました。


目の前には私を抱きしめて泣きじゃくる川内姉さん。

そんな私たちを囲んで、駆逐艦娘たちも私の無事を喜んでくれました。

741: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:04:37.04 ID:zsKgrRQUo
そんなみんなに曳航されながら、私たちは鎮守府へ帰投していきます。

既に私が大破して、霧で姿が見えなくなったことは報告済だそうで。



その後、無事であることも報告してあるはずなのですが・・・。


「また鎮守府より入電です・・・」


不知火が呆れたように読み上げます。

742: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:05:02.73 ID:zsKgrRQUo
「神通は無事か、早く帰ってこい、と。これで何度目でしょうか」


「あ~、もう。煩いって送ってやって」


私に代わって旗艦を務めている川内姉さんが、不知火に告げます。

普段生真面目な不知火も、その指示通りに発信して。

743: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:05:28.96 ID:zsKgrRQUo
「神通さんったら、司令に愛されてますね!」

「はい、そうですね」


私を支える陽炎が茶化してきたのを、笑顔で真っ直ぐに受け止めます。
これが大人の女か、と呟く陽炎。


そんな会話をしているうちに、鎮守府が見えてきました。

744: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:06:00.62 ID:zsKgrRQUo
「川内姉さん、旗艦の任・・・返して頂いてもいいでしょうか?」


「オッケー、じゃあみんな、神通を中心に陣形変えて!」


阿吽の呼吸で伝わるのは二人だけ。

他の娘たちは訝しがっています。



「あのう・・・もうすぐ帰投なのに、なんでそんなことを?」


代表して陽炎が聞いてきます。

745: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:06:48.56 ID:zsKgrRQUo
「もうすぐ帰投だからこそ、です」


ふらつく身体を支えなしで、なんとか持ち直して。
旗艦として、あの人のもとに帰るために。


「女の子なんだし、あまり恰好つけなくても・・・」

「女の子だから、ですよ」


私のその答えに、みんな息をのんで。


「そっか・・・・・・そうですよね」


もうすぐ、上陸です。
ほら、もうあの人の姿が見える。

746: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:08:10.51 ID:zsKgrRQUo
身を乗り出して、私の無事を一刻でも早く確かめようとしているのが見える。

似合わない落ち着きの無いさまに、クスリと笑ってしまいます。


出撃の時にした約束、覚えてくれているでしょうか。

あの人は帰ってきた私を、どんな風に迎えてくれるのでしょう。



・・・・・・ちゃんとキス、してくれるかな?

747: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:09:53.90 ID:zsKgrRQUo
そうそう、キスの後で・・・報告しなければいけません。


戦う理由が増えちゃいました、と。


そう言ったらあの人は、どんな顔をするでしょうか・・・楽しみです。

748: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:10:34.05 ID:zsKgrRQUo
私が戦う理由、それは。

あなたのために。

あなたを好きな、私のために。

私が好きな、みんなを守るために。

そして。

妹を救い出すために。



精一杯、胸を張って。
私は今日も、好きな人のもとへ帰ります。



神通「私と提督の、恋」



749: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:13:14.11 ID:zsKgrRQUo
長かった・・・スレ立てから20日、7万7千字・・・。
以降後書きとこれからの予定です。

750: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:17:57.36 ID:zsKgrRQUo
【後書きと次回作について①】


天龍編に続き神通編も完結、長くしすぎました!
当初から考えていた 那珂ちゃん轟沈→神通ぶっ壊れ→復活、那珂ちゃん深海化 までやり切れて良かった。天龍編で明言しないようにするの大変でした。


ゲームでは着任して即、好感度がMaxに近い神通ですが・・・この手のヒロインが捻くれると一番メンドクサイ(可愛い)と思い、妄想を形にしました。
ちなみに軽巡の中では神通がぶっちぎりで好き、愛が溢れすぎました。


神通=めんどくさそうなヒロインというのは結構共感を得られるのではないでしょうか?
一応ツンツン→ツンデレ→デレデレを意識して書いています。


後は提督もバックグラウンドなんかを過去編で表現したいですがそれはずっと後です。
順序的には次に川内√、龍田√のち夕張叢雲たちの短編をやれたらと思います。


川内まだかという声、ありがたいです。
最近彼女の株も爆上がり中なので、正直書きたくてたまらないです、構想もあります。
後一番重要な・・・どんな風に乱れるのか書いてみたい(ゲス顔)

751: ◆VmgLZocIfs 2015/04/19(日) 22:19:03.70 ID:zsKgrRQUo
【後書きと次回作について②】

ただその前に艦これで新しく作りたいお話があります。
地の文でラノベっぽいお話で、おおざっぱに構想はあります。
出来次第スレ立てしますがタイトルは・・・。


・キスから始まる提督業!
・艦娘たちのご主人さま


こんな感じでしょうか、センスねーな・・・どうしよ。
っていうか俺のSSキスしすぎだろ・・・。
まあ艦娘とのキスは業務のうちだし仕方ないか。


それではここまで読んでくれた方がいましたら・・・ありがとうございました!



元スレ:https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427886950/