天龍「オレと、提督の恋」前編
110: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:47:16.30 ID:h2JXTKoNo
投下する前に

別スレで先に提督視点のお話を投下していたのですが、先にこちらから完結させるように動きます。
大きな予定としては天龍、龍田の視点をさきにやり提督、川内、神通をやっていきたいなという感じ。

落としてやるか、再開して投稿するかは今後の展開次第で決めます。

111: kansaku 2015/03/01(日) 12:48:30.72 ID:h2JXTKoNo
「失礼するぜ」

オレはノックもなく、バン、と大きな音を響かせて両開きの扉を開ける。
最初だからな、舐められちゃいけない。

相手の反応なんか見やしない。たとえ上官だろうがお構いなしに、のっしのっしと執務室の中央へ歩いていく。

112: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:48:57.65 ID:h2JXTKoNo
「失礼するぜ」

オレはノックもなく、バン、と大きな音を響かせて両開きの扉を開ける。
最初だからな、舐められちゃいけない。

相手の反応なんか見やしない。たとえ上官だろうがお構いなしに、のっしのっしと執務室の中央へ歩いていく。

113: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:49:36.94 ID:h2JXTKoNo
「失礼しまあす」

後ろから、龍田のいつも通りのんびりした声。

・・・あのな、せっかくオレが勢い付けて乗り込んでるんだから、もう少しこう・・・なんかあるんじゃないのか。
これじゃあ提督もビビるまい。


「天龍、水雷戦隊。おめーの命令通り、帰投してやったぜ」


提督をあえて『おめー』呼ばわりして、なるべく不機嫌な表情を作って睨んでやる。

オレは提督の命令を仕方なく聞いて、不本意にも帰投したんだと思わせられるように。

114: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:50:11.55 ID:h2JXTKoNo
言葉と態度は荒々しく。

でもオレの眼だけは—-眼帯で覆われていない隻眼だけは、努めて冷静に目の前の提督の本質を見極めようとしていた。


自分を少しでも大きく見せようと両腕を組む。


・・・こういう時、胸がデカいと邪魔なだけだな・・・・。

115: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:50:43.50 ID:h2JXTKoNo
話は、数十分前にさかのぼる。


「提督を騙す、ですって?」
「ああ」

オレは出撃から一緒に帰った龍田、それから工廠に詰めていた夕張と話していた。


「俺って、見かけだけはガンガン突っ走るタイプに見えるだろ?」
「見かけだけは、ってのはいらないわね」
「いらないわ~」


・・・。

116: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:51:11.76 ID:h2JXTKoNo
「ゴホン。要するに、だ。俺は撤退命令が出た時、まだまだ戦えると思った。でも提督の命令だから不本意にも帰投した」

・・・と、いうことにする。そして。


「提督がどういう反応をするか、見てみましょうってことね。天龍ちゃん」

流石龍田。オレの言いたいことを良く分かっている。

117: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:51:47.65 ID:h2JXTKoNo
「奴が本当に艦娘の命を第一に考えているのか。それとも自己保身の口だけ男なのか。ちょっとビビらせて様子を見てみようぜ!」


オレの脅しにビビって、「次からは進撃するようにします、何て言うんじゃ話にならないしな」


それもそうね、と夕張が頷く。

118: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:52:16.99 ID:h2JXTKoNo
「それに、あんなのでも困るわよね。以前天龍が殴りかけた・・・」
「あの時は困ったわあ~」


いや、それさっきも聞いたし。反省しているよ、マジで。

どれくらい反省しているかって?

うーん。暁がもう二度とオネショしないんだから!って反省するくらいには、かな?

119: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:52:46.94 ID:h2JXTKoNo
でも腹立つだろ、「私は進撃しろとは言っていないが、君たち自身がやる気で行かせてくれというのであれば進撃を禁止するわけではうんぬん・・・」

とか言っておいて、いざ撤退したらやる気がない、とかいって駆逐のチビをイビるんだぜ?


・・・。
あー、ムカついてきたぜ。やっぱあの時ぶん殴っていれば良かった。

120: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:55:21.10 ID:h2JXTKoNo
「でも、一度やってみるだけの価値はあンだろ?」

「そ~ね~、後は天龍ちゃんの演技次第じゃないかしら~?」

「正直、それが一番不安ね。あなたの脚と同じで、大根じゃないことを祈ってるわ」



・・・誰も期待してないってのも、案外腹立つな。

あと、俺の脚は大根なんかじゃねー。
・・・確かに夕張は脚が細くて綺麗だけどさ。

このままじゃなんか負けたみたいで悔しいな・・・ちょっと仕返ししてやるか。

121: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:55:49.69 ID:h2JXTKoNo
「ま、実りのあるモノにしてみせるぜ。少なくとも夕張、お前の胸部装甲よりも、な?」
「へ!?な、なあああああ?」

胸に手を当てて、ワナワナと顔を赤くする夕張。


あらら、もしかして気にしてたか?

122: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:56:25.88 ID:h2JXTKoNo
「て、てんりゅううううう!あんたねえ!」
「へへ、わりぃ。そんじゃ朗報を期待しててくれ。じゃあな」

「もう知らない。あんたなんか沈んじゃえバカ~~~~~!」


オレは夕張との会話を思い出して思わず笑ってしまいそうになり、唇を噛んでこらえる。

あぶねえあぶねえ、これじゃ大根って言われても仕方ないな。

123: ◆TD8XgNJhE2 2015/03/01(日) 12:57:03.66 ID:h2JXTKoNo
「あらあら、天龍ちゃん。提督に対してそんな言葉使い、駄目じゃないの~」


後ろから龍田の声。私は注意しましたよ、ということだろうか。抜け目のないやつ。

そしてちっともすまなそうじゃないのは、多分気のせいじゃない。



「いや、いいんだ龍田。俺も敬語じゃなくて良い、と言ったしね」

初日の挨拶でのことだろう。

提督が龍田を制したあと、オレへと向き直る。

124: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:57:34.89 ID:h2JXTKoNo
「何か不機嫌なようだな、天龍?」
「・・・あたりめーだろ」


低く、ドスの聞いた声を意識意識。

フフ、怖いか?

125: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:58:04.59 ID:h2JXTKoNo
明らかに敵意を含んだオレの返事に、提督は少し考え事をしているように見えた。

何故オレが起こっているのか分からない、そんな表情。

それから、ああ、と思いついたように一言。



「もしかして、俺が君の水雷戦隊に出した撤退命令が原因かな?」

「たりめーだろ!!!」

126: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:58:35.68 ID:h2JXTKoNo
オレは入室の時と同じように両手を執務机に叩きつけて、バン、と大きな音を部屋中に響かせた。

不思議そうにオレを見やる提督。



さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・。
いっちょ、行ってみますかねえ。

127: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:59:10.12 ID:h2JXTKoNo
「何であそこで撤退命令を出した?」


冷静に、あくまで冷静に提督が答える。
このオレに凄まれてここまで冷静でいられるなんて、大したモンだぜ。


「お前たちだけなら、問題なかったんだけれどな」

そう言って手元の報告書に視線をやる提督。

先ほど龍田が叢雲に提出しておいた、今回の出撃のレポートだろう。

128: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 12:59:38.93 ID:h2JXTKoNo
「暁と雷、この二人の損害を見て、俺は撤退を判断した」

あれ、とオレは小首をかしげる。
今まで余裕たっぷりに見えていた提督だけど、命令の根拠を話すときだけは少し、たどたどしく見えたのだ。


ああ、そう言えば元は軍人じゃないって話だっけ。

そこも疑問の一つだけど、今はこいつがどういう人間か、だ。

129: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:00:17.32 ID:h2JXTKoNo
「ええと、暁と雷は中破・・・電も小破直前じゃないか。ドッグから報告が入っている」

オレと龍田、響はほぼ無傷。艤装だって塵一つ無い。



今までオレらの身体の損害まで気にかける提督はいなかった。

これは期待しても良いのかもしれない。

・・・いや待て。

まだ分からんぞとオレは自分に言い聞かせる。

130: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:01:36.63 ID:h2JXTKoNo
「だから何だってんだ!?」


高く声を張り上げる。
戦闘狂って奴を演じ続けてやる。

身近にお手本がいるからな、この演技には対して困らない。


「オレらはまだ戦えた。あのまま進軍していたら、おそらく任務も達成できたはずなんだ!そうだろ龍田」

後ろで我関せずを気取っている龍田もついでに巻き込む。

「そうね~、あの戦力なら充分、倒せたかもね~」

131: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:02:10.94 ID:h2JXTKoNo
だからこそ、オレは提督が撤退の指示を選んだ理由を知りたかった。

進撃していたら、たとえ勝利しても大破艦が出て、帰路はうんと警戒しながらの引き上げになったかもしれない。

それを考えたというのなら、オレの期待通りだ。

艦娘の生存優先。

『沈むな』という最初の言葉に嘘がないことの証明になる。

132: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:02:41.68 ID:h2JXTKoNo
オレは目の前の提督が整然とそう説明してくれることを期待した。

それならば、今までの提督よりも多分、信頼できる。

頼むから、自己保身とか、実は考えてませんでしたとかはやめてくれよ・・・。



でも提督は、あらゆる意味でオレの期待を裏切った。

静かに、悠然と説明を始めるものと思い込んでいましたオレは、度肝を抜かれる。

133: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:03:58.16 ID:h2JXTKoNo
バン。


今度は提督が、持っていた報告書を執務机に叩きつけて。

「お前は、駆逐の子達が犠牲になっても構わないというのか!?」


今までの静かな、落ち着きのある口調をかなぐり捨てて叫んだのだ。

134: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:04:24.10 ID:h2JXTKoNo
「へ?」
「あら~?」

龍田にとっても予想外の反応だったらしくて、オレたちは二人揃って間の抜けた声をあげる。

135: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:04:53.12 ID:h2JXTKoNo
「あの状態のまま・・・『中破』のまま追撃を開始していたら、沈む可能性だってある」


へ・・・?
うん、中破で?うん・・・?

混乱して思考が追いつかないオレの反応を待たず、提督が続ける。


怒りに任せて、といった感じだ。


136: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:05:27.57 ID:h2JXTKoNo
「俺は、君たち艦娘を犠牲に・・・轟沈させてまで勝利を得たいとは思わない」

「俺と、お前たち艦娘は同じ鎮守府に暮らす仲間であり、家族だ。少なくとも俺はそう思っている。まだ着任して日は浅いから、お前たちに信用してもらえないのは仕方ない」

「だが、お前は違うのか。天龍」


ああ、こいつってこんなに熱いやつだったんだ。

今まで理解できずにフワフワしていた提督のイメージってやつが、オレの中でピッタリとはまったような、そんな気がした。

137: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:06:16.89 ID:h2JXTKoNo
提督が熱くなればなるほど、オレは冷静になっていく。

予想した答えでは無かったけれど。

これが、オレが一番欲しかった答えなんだなとは、すぐに思った。



あっちゃあ、でもこれ気まずいな。

なんでいきなり怒鳴ったかと思えば・・・

138: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:06:55.16 ID:h2JXTKoNo
「そういうことか」
「何だ。意見があるなら言ってみろ。お前は勝てさえすれば轟沈者が出ても構わないと思っているようだが」


「提督は多分、勘違いしているんじゃないかと思うんだよな」


さっきまで偉そうにしていたけど、本当は上官に逆らうのは怖かった。

今更遅いけど、オレは探るように提督の顔をのぞきながら話し出す。

身長差のせいで、自然と上目つかいになっていくのを感じる。

139: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:07:29.10 ID:h2JXTKoNo
「提督、進撃や追撃をした時に轟沈の危険性があるのは『中破』じゃなくて『大破』状態からなんだよ・・・多分、勘違いしてるだろ?」
「へ?」


今度はオレたちに代わって提督が間抜けな声を上げる番だ。

それを見てオレはああ、やっぱりなと微笑みを浮かべていた。



「どうなんだ、叢雲」
「はぁ、そうね」

140: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:07:59.05 ID:h2JXTKoNo
提督の執務机の隣に、机がもう一つ。そこから退屈そうなため息が漏れる。

そこに座った秘書艦は、この騒動を最初から我関せず、といった顔で見ていたのだ。



「天龍の意見が正しいわ。昔は『中破轟沈説』が取られたこともあるみたいだけれどね」
「俺が読んで勉強した資料は、相当昔に作られたものだった、ということか・・・」


天を仰いで、目の前の新認提督はため息を漏らした。

141: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:08:33.27 ID:h2JXTKoNo
続いてオレに視線を戻す。心からすまなそうな表情をして。


「すまなかった、天龍。俺の指示が間違っていた!」
「いや、良いって。あの撤退の指示自体は間違っていなかったと思うし」


へへへ、と笑ってオレはもう一度、確認のために尋ねる。

142: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:09:01.36 ID:h2JXTKoNo
「提督は駆逐のチビたちが沈むと思ったから、撤退命令を出したんだよな」

「ああ、だから天龍が勝利のためなら轟沈も厭わない酷い奴だと・・・本当にすまない」

「いや、もう良いって」


怒鳴られたときは正直怖かったけれど、今は何でもない。

むしろ提督がいいやつで良かったという安心がオレの中にあった。

143: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:10:44.31 ID:h2JXTKoNo
しかし、最初の頃は冷静で余裕たっぷりにみえた提督も、こんな失敗をやらかす当たり。
やっぱり新米で、それなりに苦労しているんだなと思った。


ちょっと頼りないところもあるかもしれないけれど。
意外と親しみやすくて、いいやつじゃねーか。


だから、自然とこんな言葉が出た。

「良かったよ、お前みたいな良いやつが来てくれて」

言ってしまったあと、ちょっと照れくさくなる。

144: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:11:29.70 ID:h2JXTKoNo
すっかりこの新しい提督を信頼して気をよくしたオレは、今度から正しい指示を頼むぜと一言。

執務室を出た。


龍田が少し遅れて出てきたけど、何かあったか?

「何でもないわ~、これからもよろしくお願いします、ってね」
「何だよ、それ」


なんだなんだ、人間にも中々いいやつがいるじゃないか。

これからは何とか、上手くやっていけそうだな。

145: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:12:10.11 ID:h2JXTKoNo
演技をしたためなのか、オレの心臓はまだバクバク言っているけれど。

なんだかあったかい気持ちがして。
とても、満ち足りた気分だった。



ちなみに、その日の午後の出撃。

オレはいつもよりちょびっとだけ体が軽くくて、いつもよりちょびっと戦果が良かった。

ますます気をよくしたオレは、執務室での出来事を夕張や川内たちどころか駆逐のチビすけたちにまで話してしまい。

結果として、『新任提督の失敗談』はその日のうちに鎮守府中に知れ渡ることになった。

146: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 13:19:59.71 ID:h2JXTKoNo
いったん区切り。

続きは夕方くらいかな?

ではでは。

149: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:51:29.82 ID:h2JXTKoNo
再開します。
菱餅が来ない。

150: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:52:39.11 ID:h2JXTKoNo
あの日から出撃任務をこなし続けて数日。

オレはもはや定例となった報告のため、執務室へと向かった。


「おっす、提督。任務の報告に来たぜ」
「ノックもなしにとは舐められたもんだ」

151: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:53:16.72 ID:h2JXTKoNo
お互い大分慣れてきたからか、会話も大分フランクになってきた。


「それとも今までずっとこうだったのか、天龍は」

「前の提督の時はノックしてたぜ」
「前の提督の時はノックしてたわね」


オレと秘書艦の叢雲とでバッサリと切り捨てる。

152: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:53:54.88 ID:h2JXTKoNo
「まあいーじゃねーか。その分親しみやすいってことで。知ってるか提督。お前駆逐のチビすけたちからも人気あるんだぜ?」
「それはお前が俺の失敗を広め回ったからだろ!どうするんだ、これ」

こうなれば、上官としての威厳もへったくれもあるまい。


「まあ、いいじゃねーか。怖がられるよりも」


実際、電が提督と喋ているのを見たときは驚いた。

今までの提督だったら絶対にありえない光景だしな。

153: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:54:23.81 ID:h2JXTKoNo
「そのおかげで俺は暁に舐められるわ、雷に世話を焼かれるわ。大変だったんだぞ?」

どうやら本当に慕われているらしい。

うんうん、オレの狙い通りだぜ。

・・・ということにしておこう。

154: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:55:14.09 ID:h2JXTKoNo
「昨日の出撃はお疲れだったな」
「ああ、すまなかったな。特に戦果は無しだ」

「南西諸島の敵の印象は、どうだ」


龍田はまだ少し疑っているようだが、オレの方は提督をすっかり信頼していた。
だから最近は、戦線についても込入った話をするようになった。


「勝てなかったオレが言うのも可笑しいんだけどさ」

155: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:56:01.85 ID:h2JXTKoNo
前置きして、オレは続ける。

「そこまで強敵とは思えない。むしろ、南西諸島海域を確保してからが本番だと思う」
「私も同感だわ。既に北方海域まで展開している他の鎮守府の状況を聞くに、ね」


叢雲が天龍の意見に賛成する。


「他の鎮守府にツテがあるのか?」

「吹雪型の—-同型艦がいる鎮守府にね、少し。ちなみに、戦力はウチと同じくらいよ」

「なら、俺たちが南西諸島を抜けない訳が無い、ってことになるな」

156: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:56:39.64 ID:h2JXTKoNo
机に肘をついて考え込む提督に、たまらずオレが一言。


「でもよ、無茶な進軍は駄目だぜ。まあ、おめーなら良く分かってると思うけどよ」


オレたちはまだ余裕だが、暁たちチビはいっぱいいっぱいだ。
これ以上、となると相当無理させることになる。


「分かっているさ、危険だと感じたら撤退してくれ」
「おう」


ほらな、こいつはオレたちのこと、よく分かっているんだ。


そのことが何故か、無性に嬉しい。

157: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:57:19.13 ID:h2JXTKoNo
「おっと、そろそろ時間か」

任務票を受け取ってオレは退出する。



「じゃあな」
「午後も頼むよ」

「天龍さまに任せとけって!」


最近、調子のいい日も多いんだ。
午後からの任務は、上手くいきそうな気がする。

158: ◆VmgLZocIfs 2015/03/01(日) 17:59:41.94 ID:h2JXTKoNo
次から尺が長いのでいったん間を置いて投稿を。

一日で大量に投下しちゃうのってどうなんでしょうね。
後からつじつまが合わなくなるのが怖いので、区切りの良いところまで書いてから投稿するとこうなります。

163: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:14:25.46 ID:aDlTuF9go
>>1です。
このお話の提督視点は>>161が貼ってくれたものです、ありがとう。
元々は「いい子ちゃんじゃない提督」を書きたいと思って始めたものでした。
*書き直す可能性有りですので、そこはご了承下さい。

まずは天龍、そして次に龍田視点をやろうかなと予定しているのです。

164: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:19:21.64 ID:aDlTuF9go
「そういえば、提督はよ」

それから、任務のあとの報告の時に提督と話す時間が増えた。
オレは大抵旗艦を任せられるからな、ついでに世間話もって感じだ。


前から気になっていたことを聞いてみる。

「提督になる前は何やってたんだ。元は軍人じゃないんだろ?」

165: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:19:52.65 ID:aDlTuF9go
丁度今日の秘書艦がいなかったので、机を借りて座ることにする。

椅子を前後ろ反対にして、背もたれに頬を預ける体勢が楽でいい。


・・・龍田に見られるとはしたないなんて怒られちまうけれど、今は問題ない。

166: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:20:23.35 ID:aDlTuF9go
「どうした、急に」
「だって気になるだろ、ただの素人がいきなり提督だぜ?」


オレにだってそれが普通はありえないことだって分かる。


「ここに来る前は、うーん、そうだな。役者みたいなこと・・・をやっていたかな?」

「役者ってあの役者か!?舞台立ったり、テレビに出たりする!?」

167: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:21:52.60 ID:aDlTuF9go
最近は人間嫌いも薄れてきて、オレだけじゃなく鎮守府の中で人間の娯楽ってやつが流行っている。

ドラマやアニメ、漫画なんかはその最たるものだ。


駆逐のチビたちと、みんなのために戦うヒーローものを見るのが週末のオレの楽しみだったりするので、テンションが上がってしまった。

・・・夕張はアニメがお気に入りみたいで、みんなに隠れて深夜に見ているのをオレだけは知っている。

バラさないのは武士の情けさ。

168: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:22:23.86 ID:aDlTuF9go
「はは、そんなに良いものじゃなかったよ。全然売れなかったから」

「でもすげーよ。まさか提督がそんなすごいやつだったとは」


オレが尊敬の眼差しを送っていると、提督が話を続ける。

169: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:22:59.97 ID:aDlTuF9go
「で、売れなかったんだけれど才能を軍のお偉いさんに見込まれたわけ。最初の挨拶、堂々としてて良かっただろう?」

確かに、あの時は提督の作り出した空気にみんな飲まれちまった。


「まあ、今までと違うやつが来た、とは思ったな」
「艦娘と人間側の仲が上手くいっていないのはすぐに分かったからな。そう思わせたかったのさ。今度のは違うぞ、ってね」


はあ、なるほど。ちゃんと考えてるんだな。

170: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:23:30.83 ID:aDlTuF9go
「その結果空回りして、雷たちに笑われてちゃ焼かれてちゃ世話ねーけけどな」
「誰のせいだと思っている、この野郎」

「わー、スマンスマン」
提督がオレの頭をポカリ、と殴る。

171: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:24:02.54 ID:aDlTuF9go
こういう軽い会話、オレは好きだ。

龍田とも川内とも、夕張とも冗談を言い合ったりするけれど。
提督とする会話は、また違った味があるように思える。


「で、何でまた俺の過去を?」
「ま、そりゃ気になるからな」

172: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:25:22.19 ID:aDlTuF9go
ほう、と呟いて提督が椅子に座ったまま身体をオレの方に向ける。

秘書艦の机と提督の執務机はすぐ隣だから、こうしてしまうと互いの距離がすごく縮まってしまう。



「へ?」

先ほどオレの頭をポカリとやった手が、今度はグーではなくパーで。
そっと、俺の髪に寄せられていた。
オレの隻眼を見つめて、提督が囁く。

「それって、俺のことをよく知りたいってこと?」

173: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:25:49.98 ID:aDlTuF9go
確かにオレは提督のことを知ろうとしていた。演技もした。

駆逐のチビたちに危害が及ばないか知るために。



でも、今提督が言った『知りたい』は。そういう意味じゃないんじゃないか?
もっと深い、特別な意味での『知りたい』という思い・・・。

174: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:26:26.24 ID:aDlTuF9go
チビたちと見るヒーローものが楽しいなんて言ってるけれど。

一番気になっているのは、男と女が恋をする、恋愛ドラマなんだ。
照れくさくて、みんなの前じゃ興味がないフリをしちまうけどな。


そんなオレが・・・恋?
オレが、まさか。

175: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:27:25.57 ID:aDlTuF9go
【訂正】


チビたちと見るヒーローものが楽しいなんて言ってるけれど。


一番気になっているのは、男と女が恋をする、恋愛ドラマなんだ。
照れくさくて、みんなの前じゃ興味がないフリをしちまうけどな。


そんなオレが・・・恋?
・・・まさか。

176: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:28:21.76 ID:aDlTuF9go
頬が熱くなるのを感じる。
赤くなっていく顔を提督に見られたくなくて、寄せられた手の反対側を向いて逃げようとすると、もう片方の手もオレの頬に寄せられる。


提督の両手が、オレの顔を捕まえる。

熱くなったオレの頬をに触れる、ひんやりと冷たい感じ。

177: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:29:03.14 ID:aDlTuF9go
ズキン。

ああ、まただ。
提督のそばにいるとたまに出る、あの胸の痛み。



ズキン、ズキン、ズキン。

いつもは1回起こればそれっきりの痛みが、今日は収まってくれない。



「あ、あの・・・オレ・・・」

何か、オレでも知らない言葉がオレの深いところから出てこようとした瞬間。

178: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:29:36.00 ID:aDlTuF9go
「なーんて、な?」
ぱっ、とオレを捕まえていた両手が開かれて、開放される。


「へ?」


さっきと同じ間の抜けた声を出しながら、オレは提督を見る。

179: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:30:01.60 ID:aDlTuF9go
「俺の演技も、中々のものだろ?」
「な、な・・・」


動揺のあまり、上手く言葉が出てこないオレに、提督がトドメを刺す。


「いやあ、天龍って意外とウブなんだなあ」
「~~~~~~!」

180: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:32:32.70 ID:aDlTuF9go
「お、オメー、俺をからかいやがったな!?」
「お返しだよ、お返し。それとも、本気の方が良かった?」


そんなわけ、ねーだろ。
その言葉が、出てこない。


こんな時、なんて答えれば良いんだ?



恋なんて、したことないから分からないよ・・・。

181: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:33:04.07 ID:aDlTuF9go
もしも、ほんの少しだけ・・・二人の時間が続いてしまっていたら。

オレは、どうなってしまったんだろうなんてことを。

オレは後になって、ずっとずっと考えてしまうのだった。

現実には、そんな時間は長くは続かなかったわけだけど。

182: ◆VmgLZocIfs 2015/03/02(月) 20:35:06.27 ID:aDlTuF9go
本日分以上です。
明日も少しは投稿できそうかなあ、忙しいけど。
基本的には毎日投稿していきたいです(毎日投稿するとは言っていない)

184: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:31:28.77 ID:dcW/PILto
オレが答えに困っているうちに、執務室の扉が叩かれる。
「失礼しまあす。天龍ちゃんが中々帰ってこないから、呼びに来たの」


龍田が入ってきたことに、オレは焦りと安堵の両方を感じた。

龍田に・・・誰かに今のオレを見られたくないという焦りと。

提督への答えをはぐらかすことが出来た安堵。

185: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:32:06.77 ID:dcW/PILto
「あら~、どうしたの。二人して見つめ合っちゃってませんか~?」
「あの、龍田、これは・・・」

やば、説明出来ない。
だってオレ自身も何がどうなっているのか分からないんだから。


「ちょっと天龍をからかっていてね」

しれっと、悪びれる様子もない提督。
こ、このヤロー・・・。

やっぱり、さっきのは本気じゃなかったんだ・・・。

186: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:32:38.07 ID:dcW/PILto
龍田はというと、いつもの表情で。

「駄目よ~、天龍ちゃんをからかうのは私だけの特権なんだから~」

いや、オレそんなの許した覚えないんだけれど・・・。


「俺にも譲ってくれよ」
「ふふふ、お断りしまあす」

187: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:33:10.98 ID:dcW/PILto
それからはオレと龍田と提督で、いつもの軽いお喋りをして過ごした。

それからは特に何もなく、食事の時間が近づいてきた。

さっき、龍田の邪魔が入らなかったら、一体オレは何を話していたんだろうって思いながら、オレは龍田を連れて退出した。

龍田の訪問が・・・邪魔・・・?

188: ◆TD8XgNJhE2 2015/03/03(火) 22:33:46.25 ID:dcW/PILto
食堂【間宮】へと向かう途中、龍田が言う。

「天龍ちゃん、提督と一体何を話していたの~?」
「何でもねーって」

嘘だ。でも、あまり蒸し返したくはない。


「ちょっとアイツにからかわれただけで。
ったく、許せねーぜ。乙女をからかうなんてよ」


「ふふ、天龍ちゃんが乙女~?」
「あ、何だよ、文句があるってか?」


いつもなら、別に、なんて言って何度もオレをからかう返事がない。

龍田が急に足を止めたので、思わず振り返る。

189: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:34:18.29 ID:dcW/PILto
「どうした」
「天龍ちゃん。やっぱり私、提督のことを信用するのは早い気がするの」


これは、冗談じゃないな。
いつもより口調が滑らかで、早口だ。


今更何を、と思った。
オレの中で提督への信頼は当たり前のレベルに固まっていたからか。

190: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:35:03.83 ID:dcW/PILto
「なんでだよ、今まで提督のこと見てきたろ。まだ足りないのか?」


今や提督はオレだけじゃなく、鎮守府ほとんどの艦娘と触れ合っている。
みんな、今度来た提督は違うと言っている。オレはそれが嬉しかった。


「確かに、あの人は充分信頼できると思う」
「だったら、何で—-」

「信頼できる要素が多すぎるからよ。まるで、演じているみたいに」

191: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:35:37.07 ID:dcW/PILto
「ここに来る前は、うーん、そうだな。役者みたいなこと・・・をやっていたかな?」


確かに、そういうようなことは言っていた。でも。
オレに向けている笑顔が偽物だなんて、どうしてもオレには思えなくて。


「私、天龍ちゃんがあの人と喋っているのを見ると、時々怖くなるの」
「な・・・んで」

「天龍ちゃんが、私を置いて遠くへ行ってしまいそうで」


捨てられる子犬の様な目。
オレが、龍田を置いてどこかへ?
馬鹿な。

192: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:36:07.69 ID:dcW/PILto
何が龍田をそんなに揺さぶっているのか、オレには分からない。

「オレは、提督のことを信頼してる」
「うん」


「でも、龍田のことも信頼してる。お前がアイツに何かを感じるなら、もしかして本当に何かがあるのかもしれない」
「うん」

193: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:36:37.91 ID:dcW/PILto
「だから、それぞれしたいようにしよう。オレはアイツを信用するけれど、お前はアイツを疑って試してみればいい。何もなかったらアイツを信頼する証拠が増えるし」

「ふふ、もしも何かあったら、私の短装砲が火を吹くわあ」


もう龍田はいつもどおりの口調に戻っていて。
いつも通り、物騒なことを口にした。


・・・オレよりもコイツの方がやばくないか?

194: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:37:22.03 ID:dcW/PILto
しかし、意外だな。龍田はまだ提督のことを疑っていたのかよ。

まあ、提督も胡散臭い奴だからなあ。

今日のこともあるし。


と、さっきまで思い出さないようにしていた光景が脳裏に浮かんでしまって。
オレは赤くなった顔を龍田に見られないように足早に食堂へと向かうのだった。

195: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:37:59.62 ID:dcW/PILto
次の日。龍田は提督の秘書艦になる申請を出して、受理された。

・・・どれだけ本気なんだよ、あいつ。相棒が怖い。

それからの日々は、何事もなく過ぎていった。

龍田とギクシャクするのだけが怖かったけれど、それもすんなりいった。

196: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:38:29.73 ID:dcW/PILto
叢雲たちとローテを組んでこなす秘書艦生活に、龍田が愚痴をこぼすようになったくらい。

最初は提督がボロを出さないか探る、という様なことを言っていたけれど。

今じゃ視察だ何だと理由をつけてサボろうとする提督の愚痴ばっかりで笑ってしまう。

197: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:38:58.21 ID:dcW/PILto
一度冗談で、提督のことが好きなんじゃねーの何て言ってやったら。

真っ赤になって否定しやがった。龍田があんな顔するなんて驚きだ。


オレはというと、時折訪れる胸の痛みの原因を考えないようにしながら毎日の任務をこなし、報告の『ついでに』提督と話し込む日々が続いていた。

198: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:39:53.48 ID:dcW/PILto
戦線は異常なし。
鎮守府側も相変わらず提督が神通の演習を間近で見に行ったり(凄い度胸だ)
龍田や叢雲に叱られたりする他は特に目立った変化はないままだった。


オレはこの状況にどこか満足していた。
何もなくてもいいじゃないか、誰も沈むわけじゃなし、と。


少しずつ戦力を強化していって、いつか南西諸島を確保すればいいやと。

199: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:40:40.87 ID:dcW/PILto
でも、それじゃ駄目だったんだ。
鎮守府って場所は、『何もない』って状況が許される場所じゃあ無かった。


変化は突然訪れる。
否応なく、オレたちの意思とは関係なく訪れる。


そして、望まない変化をもたらすのは、いつだって外の奴らだ。

200: ◆VmgLZocIfs 2015/03/03(火) 22:42:06.83 ID:dcW/PILto
本日分以上です。
平日は量が少なくなりますが、よろしくお願いします。

206: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:07:29.60 ID:YGpsYY4go
龍田ほど自分のキャラを掴ませない艦娘は中々いないと思います。
彼女の感情の動きは龍田視点で書けたらなあ、と思います。

207: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:10:55.75 ID:YGpsYY4go
その日はいつも通りの日常が続いていた。
そいつが来るまでは。


任務を終えたオレはいつもどおり報告がてら執務室へと向かった。
秘書艦の龍田と一緒に3人で世間話に興じる。


今日は電が一番頑張りを見せて暁が悔しそうにしてただの。
何かとちょっと休憩などと言う提督に龍田がお灸を据えただの、そんな話し。

208: ◆TD8XgNJhE2 2015/03/04(水) 22:11:40.93 ID:YGpsYY4go
「ん?なんだか騒がしいな」


提督の声で、話題がいったん打ち切られる。
どうせ暁たちか、川内かだぜ、ったく。


「いっけね、もうこんな時間か」


オレは時計を確認すると、まもなく遠征に出る時間だったことに気づく。

209: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:12:25.83 ID:YGpsYY4go
「そうね、じゃあ提督、そろそろ失礼しまあす」


今日は、龍田も一緒だ。


ドッドッド、ダッダッダッダダ。

「うるせーな、しかもこっちに近づいてきてるぞ」
「騒がしいわね~、後で注意してあげないと」

210: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:12:52.45 ID:YGpsYY4go
足音はこの部屋の前で止まって。
ガチャン、と勢いよく扉が開かれた。


・・・全く、ノックくらいしろよな。
仮にも上官の部屋だぜ?

211: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:13:35.03 ID:YGpsYY4go
「司令!失礼します!」

入ってきたのは、陽炎型駆逐艦のネームシップ、陽炎だ。
普段は川内や神通と組むことが多いから、オレはあまり絡む機会がない。


「陽炎ちゃん、駄目じゃないの~。上官の前よ~?」
「すみません、龍田さん。陽炎の落ち度は私が」

遅れて不知火が入ってくる。陽炎型駆逐の2番艦で、いつも陽炎と一緒にいる。


二人共ここまで全力で走ってきたのか、ハアハアと息を切らしている。
・・・陽炎はともかく、不知火まで慌てるなんて相当だなこりゃ。

212: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:14:04.79 ID:YGpsYY4go
「どうしたんだ、二人共。一体なにがあった?」
たまらず提督が尋ねる。


「司令、それがね、その・・・」
「お客様がお見えです、司令」
「来客、だと。そんな話は聞いてないが」


陽炎型姉妹の報告に、提督がピクリと眉を寄せる。

213: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:14:41.35 ID:YGpsYY4go
「そんで、一体どなた様だよ。来客ってのは?」

「儂だ」

野太くて低い声が、オレの鼓膜を揺さぶる。
入口の所で突ったっていた陽炎姉妹が左右に飛び退いた。

214: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:15:12.40 ID:YGpsYY4go
その真ん中を歩いてくるのは、顔に深い皺が刻まれた初老の男。
自分以外のすべてを見下すような暗い眼光に、でっぷりと突き出した大きな腹。


提督と同じ白い軍服の胸元に、大きな勲章をジャラジャラ。
カツカツカツ、とステッキを鳴らして鷹揚に部屋の真ん中へ。


ひと目で、オレは思った。
ああ、コイツは嫌いだなって。

215: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:15:54.03 ID:YGpsYY4go
「全く、鎮守府の執務室はいつから小娘どもを侍らせる場所になったのだ」


ジロリとオレたちを睨む男。
うっせえな、いちゃ悪いのかいちゃ。


「ご機嫌よう、元帥閣下」
「ふん」

216: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:16:36.09 ID:YGpsYY4go
立ち上がって挨拶した提督に向かって鼻を鳴らすたぁ、どういう了見だ?
元帥だかなんだか知らねえが・・・。


「元帥ぃぃいぃぃ!?」
「ん?」


いっけね。驚くとつい叫んじまうのは悪い癖だ。
オッサン(元帥)が叢雲の100倍は不機嫌そうな顔でオレを睨む。


提督が鎮守府のトップなら、元帥はその各鎮守府を束ねる、軍のトップじゃねーか。

217: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:18:26.50 ID:YGpsYY4go
ようやくオレは、この訪問がただ事じゃないことを察した。
何の用事もなくふらっと寄りました、なんてことは無いだろう。


それは提督も同じようで、コイツにしては珍しく緊張を隠せない様子だった。


「それで、今日は如何致しました」
「そんな事、聞かれんでも分かろうが!」
「ぐっ・・・」


歩み寄った提督の頬に拳が振り下ろされる。
提督が真後ろに吹っ飛び、執務机に叩きつけられるのを見て、陽炎たちが悲鳴を上げた。


218: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:19:06.73 ID:YGpsYY4go
「(天龍ちゃん、駄目よ)」

無意識に一歩踏み出していた。
龍田が止めてくれなければ、今頃掴みかかってたかもしれない。


「これはまた、手荒い挨拶ですね。軍ではこれが常識なのですか?」
「ふん、口だけは減らない男よ」


執務机を背もたれにして、提督が苦しそうに答える。

尊敬する人を踏みにじられるのが許せないってのを、今初めて肌で感じた。

とは言え当の提督が耐えている以上、オレたちがしゃしゃり出る訳にはいかない。

219: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:19:41.39 ID:YGpsYY4go
元帥はオレたち艦娘の恐れと怒りの入り混じった視線なんて一顧だにせず、といった様子で、本題に入っていく。


「いつまで現海域に留まっているつもりだ」
「日々、出撃しておりますが」
「攻略できぬ限り、なんの意味もないわ!」


元帥の怒りは収まらない。

220: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:20:25.08 ID:YGpsYY4go
そんなやりとりを横目にしながら、オレは不思議に思った。

今の提督が来てから、もう二月ほどだろうか?

確かに鎮守府の戦線は膠着している。

でもそれは、提督が着任する前—-前の前の、そのまた前の提督くらいからそうだったハズだ。

こんな短期間で、新任の提督に対し海域を攻略せよなんて指示、今までなかったとオレは記憶している。


今回に限って、何故?
オレの疑問は尋ねるまでもなく、元帥自身が教えてくれた。

221: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:20:56.20 ID:YGpsYY4go
「呉の若造がおろう」

男の名前が挙がる。おそらく、呉鎮守府の提督なのだろう。


「ああ、私と同じ時期に着任した・・・」
「海域を一つ、攻略したぞ」
「・・・・・・」


提督が押し黙る。
海域の攻略。

オレたちの鎮守府が、延々と先延ばしにしている問題。

222: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:21:51.31 ID:YGpsYY4go
「あの若造を推した彼奴め、どんなにか偉そうにしておるか想像が付くか?・・・思い出しただけでも忌々しいわ!」

元帥は提督を殴るだけでは気が収まらなかったのか、今度は手に持ったステッキを高々と掲げた。

あぶねえ、あんなもので生身の人間が殴られたら・・・!


「このままでは次期大元帥の座も奴のもの・・・貴様が他の提督に先を越されとるせいでのお!」



殴ることはできなくても、盾になることは出来る。

223: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:23:00.30 ID:YGpsYY4go
オレは考える間もなく走り出して、元帥と提督の間に割って入った。


「天龍!」
「天龍ちゃん」
「むう・・・!?」


振り下ろされたステッキは、かろうじてオレの頭上で止まった。
オレはそれを見上げながら、瞬き一つせずに目の前の男を睨めつける。

224: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:25:56.18 ID:YGpsYY4go
元帥だろうがなんだろうが、知ったこっちゃねえ。

「おいオッサン。これ以上オレの提督に指一本触れてみろ。絶対に許しゃしねーぜ」


いつの間にか龍田がオレの後ろに回って、提督が立ち上げるのに肩を貸している。
いいぜ、龍田。そっちは任せたからよ。

・・・提督に肩を貸した逆の方の手で、武器を用意するのやめてくれねーかな。

225: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:26:39.60 ID:YGpsYY4go
「私たち、あなたがた人間様の出世争いに協力する気なんて、これっぽっちもありませんから。どうぞおかえり頂けますか?」


ああ、畜生。
言いたいことも全部、龍田に言われちまった。
口調もいつもと違うし、これはオレよりも起こっているんじゃないか、こいつ。

226: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:27:10.51 ID:YGpsYY4go
要するに元帥の言い分は単純なものだった。
自分の出世のために、お前らが戦果を稼げ。


たったそれだけのことで。
たったそれだけのことで、オレたちの提督を。


許せねえ。

227: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:27:42.34 ID:YGpsYY4go
「天龍、龍田。下がりなさい」
「でもよ、おめーアイツに何されたか・・・」

「下がりなさい」
「・・・・・・」


提督が有無を言わさずオレたちを黙らせるなんて初めてだ。

228: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:29:33.06 ID:YGpsYY4go
「ふん、海域攻略は出来ぬくせに小娘どもは誑かしおってからに。貴様がすべきことはお国のために一体でも多く深海棲艦どもを倒すこと。そうであろう?」

「深海棲艦どもは、必ず滅ぼします。海域攻略の方も、近いうちに必ず」


「いつまでにだ」

「ひと月以内には、目処を立てます」


分かっとらん、と独りごちたあと。
元帥が命を下す。

229: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:30:04.66 ID:YGpsYY4go
「2週間だ」
「は?」


「2週間で海域を攻略し、南西諸島を確保しろ」
「出来なければ、貴様を解任する」


「ふざけんじゃねえ、そんな無茶なことあるか!」
「天龍、黙っていろ」

ぐう・・・でもよ。

230: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:30:36.75 ID:YGpsYY4go
「しかし元帥、それは少々性急なのではありませんか」
「呉に先を越されたとあっては、これでも遅いわ」


着任して2ヶ月で海域攻略。
でもこれは華々しいデビューと言っていいのか、オレは疑問だった。

だって・・・。

231: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:31:09.26 ID:YGpsYY4go
「呉は、いくらなんでも早すぎます。一体どれだけの犠牲が出たのか・・・」

ふん、と鼻を鳴らして元帥はオレと龍田を見る。
まるでオレたちをモノでも見るかのような目で、見る。

ドロっと濁った冷たい両眼は、何の光もたたえちゃいなかった。

232: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:31:37.65 ID:YGpsYY4go
「駆逐や軽巡の1隻2隻沈んだところで、構わんわ。また作ればいい」

「んだと、てめえ!」

「天龍ちゃん!」

声を荒げるオレを龍田が嗜めるけれど、今度ばかりは我慢の限界だ。

233: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:34:19.79 ID:YGpsYY4go
「黙って聞いてりゃ、オレたちをただのモノみたいな言い方しやがって!」

「ただの兵器、だ。壊れるまで使い潰せばいい。むしろ、お国を護る為に使われるのだ。兵器とは言え、感謝して沈んでいってもらわねばな」

「オレたちは、てめーらの国を護るためなんかに戦ってんじゃねえ!」

234: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:34:50.90 ID:YGpsYY4go
元帥がオレを見る目が変わる。

心底、不思議なモノを見るかのように。

理解し難い異質なモノを見るかのような目で。

口から出てきたのは、純粋な疑問だった。


「では貴様らは、艦娘は一体何のために戦っているのだ?」
「!?」

235: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:35:50.33 ID:YGpsYY4go
こんな、人間のクズみたいな奴の一言がオレの心を強く揺さぶった。

イッタイ、ナンノタメニ・・・・・・?



「儂には戦う理由がある。大元帥まで登り詰め、お国を護る礎となることがそれだ。そのためには貴様ら兵器を何隻だって使い潰す。この男だって駒の一つに過ぎん」

提督を指差して言う。

236: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:36:29.82 ID:YGpsYY4go
「だが貴様はお国のために戦うのでは無いと言う。では何故今まで戦ってきた?」
「それは・・・アンタらが戦えっていうから・・・」

オレの子供じみた反抗はすぐさま跳ね除けられる。

「儂らが命じるから戦うとな。ハハ、それこそまさに兵器ではないか!」


・・・・・・やめろ。

「誇りもなく、信念もなく、理由もなく。ただ儂らが命じるままに戦い、敵を倒し沈んでいく」


・・・やめろ。


「それこそまさに、貴様ら艦娘がただの兵器である証拠ではないか。愚かなものよの!」


やめろ!

237: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:37:55.72 ID:YGpsYY4go
「天龍!」
「天龍ちゃん!」


今度こそ本気で元帥に殴りかかったオレを、提督と龍田が羽交い締めにして止める。

「やめろ、放せっ・・・この・・・!」


今にも提督と龍田の拘束を振りほどかんとしているオレを捕まえながら、提督が口を開いた。

238: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:38:22.71 ID:YGpsYY4go
「元帥、少しお戯れがすぎるのではないですか?」
「ふん、貴様が戦果を上げぬからだ」


心底つまらなそうに、元帥が答える。

言いたいことは言い切った様で、元帥が振り返り、執務室の出口へと向かっていく。

239: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:39:20.15 ID:YGpsYY4go
「忘れるな、2週間だ」
「2週間で海域攻略が出来なければ、貴様を提督から解任する。せいぜい、その兵器どもを上手く使って戦果を上げろ」


「分かりました」


元帥が入ってきた扉から出て行く。

両脇で今まで固まっていた陽炎型姉妹が、ヘナヘナと腰を落としてしゃがんでいった。

240: ◆VmgLZocIfs 2015/03/04(水) 22:42:59.20 ID:YGpsYY4go
本日分以上です。

追い詰めると龍田の方が危ない、これ常識。
陽炎型姉妹はいいとこなし、ゴメンね。

242: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:21:21.48 ID:qzMOTVQYo
本日分投下していきます

243: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:22:06.18 ID:qzMOTVQYo
「みんな、悪かったな」

まだ龍田に身体を支えられて、それでも気丈に提督が口を開く。


「提督、おめー大丈夫なのか?」
「ああ、これから海域攻略の作戦も立てなきゃならないしな。倒れちゃおれんさ」
「・・・」

「なら、いいけどよ・・・」

244: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:22:41.23 ID:qzMOTVQYo
「さて、天龍と龍田は協力してもらうぞ。今日は徹夜だな・・・」
「天龍ちゃん、遠征はキャンセルね~、艦隊には私から連絡しておくから」

もちろんだ。遠征なんかチンタラやってる場合じゃねえしな。


さて、あと問題なのは・・・やっぱり陽炎と不知火だろうな。

こいつらがいると、提督も気が抜けないんだろう。

245: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:23:20.42 ID:qzMOTVQYo
「それから、陽炎と不知火。お前たちは自分の部屋に戻るように」

提督の言葉に我に帰ったのか、陽炎と不知火が飛び起きて喋りだす。
やっぱりそうきたか。


「そんな、司令。私も協力するわ!」
「司令、私もです。粉骨砕身、尽力する所存です」

へえ。

陽炎と不知火もかなり提督を慕っていたらしい。

提督のピンチに、何か自分にできることはないかと精一杯みたいだ。

246: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:23:49.17 ID:qzMOTVQYo
今はその気持ちがマイナスに働こうとしているんだけどな。


・・・。
・・・・・・。

あー、仕方ねえ。
こういう時、そんな役割をやってやるのもオレの仕事さ。

247: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:24:19.70 ID:qzMOTVQYo
「オラオラ、提督はこれから忙しいんだよ。ガキの相手はできねーの」
「ちょっと天龍、ガキってどういうことよ!」


陽炎が喰ってかかる。ゴメンな。

「残れって言われたのは、オレと龍田だけで、それが提督の判断だ。お前たちがいても役に立たねえってな。それが分からないからガキだってんだよ」
「・・・・・・」

248: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:25:13.34 ID:qzMOTVQYo
厳しい言葉でオレは目の前の姉妹を突き放す。

そうじゃないとこいつらは、いつまでもこの場に残ろうとするだろうから。

陽炎が顔を落としたところで、龍田が追い打ちを放つ。


「二人ともごめんなさいね~。作戦が立ったら活躍してもらうから、今は我慢して、ね?」
「龍田さんまで、そうおっしゃるのですか」

続いて不知火が悔しそうに顔をしかめる。
二人して自分の無力さを呪ってる様だった。

・・・ったく、泣きたいのはこっちだってのによ。

249: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:27:30.33 ID:qzMOTVQYo
「必ず、見返してみせますから」

目に涙を浮かべて、それでもオレたちに対して気丈に宣言した陽炎は見事なものだった。
逆に不知火は唇を引き結んで、一言もなく退出していった。白手袋に覆われた拳を、ぎゅっと握って。


・・・見下してなんかいないよ。

ゴメンな・・・お前たちがいると、提督が休めないからよ。

250: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:28:00.49 ID:qzMOTVQYo
陽炎たちの足音が完全に聞こえなくなったのを確認して、オレは振り返った。


「提督、もういいぜ」
「ぐっ・・・」
「きゃっ、提督・・・」


立ち上がって陽炎たちを見送った提督が崩れ落ちる。

・・・どいつもこいつも無茶しやがって。

251: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:29:20.22 ID:qzMOTVQYo
救急セットを持ち出した龍田が処置を始める。

・・・そりゃああんな勢いで殴られたのに、平気な訳が無いよな。



それを陽炎たちに不安をかけまいと堪えていただけ大したモンだよ。

・・・バカが。

252: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:29:57.80 ID:qzMOTVQYo
提督のそばに歩み寄る。

机に背を預けて、さっき元帥に吹っ飛ばされた時と同じ姿勢で息を切らしているのを見下ろして、オレはどうしようもないほど『何か』が溢れてくるのを感じた。


視界がボヤける。

あ、あれ・・・どうしたんだろう。
殴られたのはオレじゃなくて、提督なのに。

253: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:30:35.44 ID:qzMOTVQYo
ポロ、ポロっと。
オレが自分の状態に気づいた時にはもう遅く。


「天龍・・・泣いて、いるのか」


ああ、バレちまった。
陽炎たちでさえ我慢してたのに・・・。

オレが泣いて、どうするよ。

254: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:32:46.51 ID:qzMOTVQYo
「だって・・・だってよ、何でおめーが殴られなきゃなんねーんだよ」
「そりゃ、戦果を上げてなかったからなあ。ちょっと、じっくり行き過ぎたかなあ?」


そんなこと・・・。

「そんなこと、ない。提督は私たちにもう犠牲が出ないように頑張ってた。秘書艦をやってる私には・・・いえ、みんな分かっているわ」


龍田の声もかすれている。

すげえ、普段あんなに自分の感情を表に出さないのに。

後でからかってやろう、なんて思ったけれど。
オレも、人のことを言えない状態だってことに気づいたから、やめだ。

255: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:33:44.70 ID:qzMOTVQYo
「う・・・ひっく・・・」

溢れ出した涙が止まらない。
大事な人が傷つけられたから。

その至極単純な理由が、今のオレにはたまらなく辛いものに思えたんだ。


まだ息を荒くしている提督の胸に、そっと顔を寄せる。

そうしないと、オレの中で必死に押さえ込んでいる感情が堰を切って、溢れてしまいそうだったから。

256: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:35:22.79 ID:qzMOTVQYo
「あはは、天龍ちゃん。泣いちゃってるわ~」

そっとオレを抱くように、上から龍田が覆いかぶさって。

二人して提督に身体を預ける。


「うるせえ、そんなの、龍田だってそうじゃねーか」


龍田もオレも、もう限界だった。

何かたった一つきっかけがあっただけで、この堰は切れてしまう。

257: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:36:27.78 ID:qzMOTVQYo
そして。

提督が、もたれかかったオレと龍田の肩を抱き寄せて。


「二人とも、すまなかったな。心配をかけた」
「ありがとう」


耳元で、そう言ってくれた瞬間。

堰が、切れた。

258: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:37:17.27 ID:qzMOTVQYo
「う・・・あぁ・・・ああぁぁぁぁあぁあああああああ!」
「ひっく・・・ぐす・・・わあああああぁぁぁあああん!」


龍田と二人して、大声を上げて泣きじゃくる。


「提督が・・・殴られて・・・なんで、なんで・・・!」
「ごめんなさい、ごめんなさ・・・私、なにもできな・・・秘書か・・・なのに!なにも!」


「いいんだよ、俺は大丈夫だから」

259: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:38:59.54 ID:qzMOTVQYo
溢れ出してくる言葉が、涙が、止まらない。


「でも、でも。オレ、あいつに何も言えなくて・・・提督が!提督が・・・されたのに!」
「違うの!それは私が止めたから・・・天龍ちゃんは悪くないの!私が・・・私が・・・」


「天龍も龍田も、悪くないよ。二人ともよくやってくれているさ」


「「ぁあぁぁぁあぁっぁああああ!」」


その言葉を聞いて、さっきよりも強い力で抱き寄せられて。


オレと龍田は、提督の腕の中で、声が枯れ果てるほど泣きじゃくった。

260: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:39:52.08 ID:qzMOTVQYo
提督の腕の中で泣いてから、どれくらいの時間が経っただろうか。


何一つ問題は解決しちゃいないけど。

オレと龍田と、オレたちを見つめる提督はみんな、どこか満ち足りたような表情を浮かべていた。

不思議と心が落ち着いている。

261: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:40:19.72 ID:qzMOTVQYo
「海域、攻略しなきゃな」
「ああ、オレに任せておけ」
「あら~、私もいるわよ~?」


声が枯れているけれど、龍田の口調もすっかり元通りだ。

262: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:42:19.44 ID:qzMOTVQYo
「二人には期待しているよ。なんたって後2週間だからな」

「でもよ、オレたちだけじゃ無理だぜ。川内と神通あたりはいないと」
「でも、それじゃ今までと何も変わらないわ~]

まあ、その戦力で今まで海域攻略できなかったんだからな。

「そこらへんも大丈夫だ。俺の考えが正しければ、ね」


偉く自信がありそうだな、状況は今までと変わっちゃいないっていうのに。
どうもこれはお得意の演技での空手形ってわけじゃなさそうだ。

263: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:43:26.83 ID:qzMOTVQYo
偉く自信がありそうだな、状況は今までと変わっちゃいないっていうのに。
どうもこれはお得意の演技での空手形ってわけじゃなさそうだ。

「ふーん、じゃあお手並み拝見といこうかね」
「うふふ、提督。信じてるわ~」


すっかり余裕を取り戻した龍田が、指先で提督の胸を突っつく。

・・・そんなことをしても、さっきまで大泣きしてた事実は変わんねーぞ。

264: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:44:09.21 ID:qzMOTVQYo
にしても、冷静になってくるとこの体勢が少し・・・いや大分恥ずかしい。

・・・し、しかも未だに提督がオレの肩を抱いたまんまじゃねーか!


「それはそうと、提督、お前そろそろ放せよなあ!」
「なんだ、天龍。今更恥ずかしがってどうする」
「そうよお、天龍ちゃん、今更よお」

自分だって恥ずかしいくせに、龍田がオレをからかってくる。

265: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:44:51.82 ID:qzMOTVQYo
「な、恥ずかしくなんてねーよ・・・こんなところ誰かに見られたら・・・」

特に小うるさい川内なんかに・・・
バタン、と執務室の扉が開く音。


「提督ー!なんか偉そうな人が来たってみんな大騒ぎしてるよ!何!?夜戦でも始まるの!?」


「「「あ」」」


声が重なる。

「ぎゃー、天龍と龍田が提督を押し倒してるぅ~~~~!」

見つかったあ・・・。

266: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:48:22.23 ID:qzMOTVQYo
「ち、ちが・・・おい川内、これはごか・・・」
「なに、なに?3人してアブノーマルな関係?ねえねえ!」


聞いちゃいねえ。

オイ、おめーらも何とか言えよと横目で見ると。

提督と龍田が目を合わせて。
にやあ、っとやらしい笑みを浮かべていた。

267: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:49:12.72 ID:qzMOTVQYo
さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら。
でも、湿っぽい空気も川内のおかげで吹き飛んじまって。
結局、これでよかったのかもしれない。


「川内さんも参加しますかあ?」
「いやあ、私はそっちの夜戦の方はまだちょっと早いかなあ、って」

おい、そっちってどっちのだ。どっちの。

「と、いう訳でみんなに広めてきま~す!じゃね!」
「ま、まちやがれ川内ぃ~~~!」

268: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:49:38.98 ID:qzMOTVQYo
海域攻略に残された時間、2週間。

ま、天龍さまが何とかしてやるからよ。
任せとけって。


・・・にしても、今まではあんなにズキンズキン痛かった胸の鼓動が、今はこんなにも心地いいのは何でなんだろうな。
よくわかんねーや。


・・・本当だぜ?

269: ◆VmgLZocIfs 2015/03/05(木) 21:54:03.44 ID:qzMOTVQYo
本日分以上。
まーだ自覚しようとしない天龍。手のかかる奴です。

さて、明日はおそらく更新できませんので明後日土曜日に投稿を再開します。
よろしくお願いします。








天龍「オレと、提督の恋」後編





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